『ノーカントリー』をめぐって
(TAOさん)
映画通信」:(ケイケイさん)
チネチッタ高知」:(お茶屋さん)
THEミシェルWEB」:(tsuyoさん)
ヤマ(管理人)


  2008年05月31日 09:44

ヤマ(管理人)
 TAOさん、mixi日記、拝読しました。  寓話にするのであれば、殺し屋シュガーと老保安官をコインの裏表のように、神の“無慈悲で残酷な面”と、人間の“退廃を嘆く無力な面”を人格化したものとして描くべきだったのに、と思う。に成程!でした。それも一作ですね。  ただ今回、コーエンは寓話志向を持たずに臨んでいたような気が僕はしました。
 “old men”については、割とみなさんストレートに“老人”というふうに受け取っておいでる感想をあちこちで見かけたので、ベトナムからの帰還兵そのものを指していると受け止めていた僕は、いま少々驚いているところです(たは)。
 ところで、TAOさんは、シガーがモスの妻を訪ねてコイントスの賭を迫った後の顛末をどのように受け止められましたか? よかったら、教えてくださいな。

(TAOさん)
 ヤマさんの“old men”がベトナムからの帰還兵そのものを指しているという解釈には驚きました!  私は、老保安官に代表される、ただぼやくのみで、現実にアクティブに関わろうとしない人のことだと思っていたので。でも、時流から取り残された人々という意味で、ベトナムからの帰還兵たちも含まれているのかもしれませんね。
 お訊ねの「シガーがモスの妻を訪ねてコイントスの賭を迫った後の顛末」の件については、ヤマさんの日誌、面白く拝読しました。私もシガーはあそこでルールを破ってしまって、それが命取りになったのだと思いました。ヤマさんほどきちんとシミュレーションしてはいませんけどね。
 常に冷静で感情を出さないシガーですけど、モスの妻に関しては、想定外の肝の据わり方にか、さすがのシガーもちょっぴり感情を動かしたように見えたんです。ルール以前にそこで、歯車が狂ったのではないかと。


---------------------------------------------------------------------
2008年 5月31日(土)10時05分

ヤマ(管理人)
 ケイケイさん、こんにちは。周回遅れの地方在住者ゆえに読むのが今頃になってますが(たは)。

(ケイケイさん)
 ヤマさん、こんばんは。
 そうですよねー。この作品も同時に観たら、すごくお話が弾んだと思うんですよ。これ観てから、既に20本近く観てますから、記憶は忘却の彼方です(笑)。それがいつも、すごーく残念です。

ヤマ(管理人)
 僕も、日だけてからあれこれ尋ねるのはどうかとも思ったのですが、つい訊ね回ってみたくなったもので、ご寛恕ねがいます。

(ケイケイさん)
 いえいえ、お尋ねしていただき、光栄です(^^)。

ヤマ(管理人)
 それで、先ほど拝読したのですが、そうですか、『ターミネーター』を想起されましたか〜。僕は、シュワちゃんじゃなくてスタローンでしたが、いずれにしても圧倒的でしたよね、シガー。

(ケイケイさん)
 私は、シガーもベトナム帰還兵だったという、ヤマさんの感想を拝読して、感嘆してしまいました。全然思いもよらなかったもので。

ヤマ(管理人)
 原題の複数形からも、僕は「Old Men」を老保安官のこととは思ってなかったし、あの通りすがりの少年からのシャツ買いが決め手でした。

(ケイケイさん)
 なるほど〜。私は保安官としか認識していませんでしたから。
 言われてみれば、複数ですよね。80年代はベトナムからも遠くなって、帰還兵は確かに「Old Men」ですね。シャツのことは、すっかり忘れてました(笑)。それより「俺の顔は忘れろ」にクスクスしてしまって。
 でも、そう思うと、二人とも明るい道を歩いてはいませんが、妻がいて人間臭い心も残すモスと、完全に「人間外」みたいになったシガーは、「コインの表裏」とも感じますね。

ヤマ(管理人)
 あぁ、ここんとこでコイントスの硬貨にイメージを重ねるのは、とてもいいですね。モスがシガーになった可能性も、シガーがモスになった可能性も、コイントスの裏表の出目のようなものだということですよね。うん、いいな、それ。

(ケイケイさん)
 ありがとうございます。
 でも、ヤマさんから誘発された感想ですから(^^)。

ヤマ(管理人)
 お書きのように、モスだって並々ならぬタフさを発揮して拮抗してたのに、嫁が母親に不用意に漏らしていたために、計算違いとなった感じでしたねー。
 ところで、一つ気になっていることがあるので、質問です。ケイケイさんは、シガーがモスの妻を訪ねてコイントスの賭を迫った後の顛末をどのように受け止められましたか? よかったら、教えてくださいな。

(ケイケイさん)
 ヤマさん、質問が上手いですよね。ちゃんと答えられそうな箇所を突いてこられて(笑)。
 妻は最後まで賭けを拒み、シガーに殺されたと思いました。

ヤマ(管理人)
 僕もそうでした。

(ケイケイさん)
 彼女は、こんな賭けは不毛だと言ってましたが、結果的にはお金のために夫を失い、今は母も亡くなり、もう生きていくのがいやになっていたと思うんです。

ヤマ(管理人)
 なるほどね。

(ケイケイさん)
 大金を手に入れたモスに「私、もうあのスーパーで働くのはいやよ」と言うのを聞いて、この奥さんはモスが大好きなんだなぁと、感じたんです。もっと贅沢も言えるのに、このお金で専業主婦になることを夢観るなんて、なんと生活感溢れた願いかと、いじらしくなりましてね。

ヤマ(管理人)
 いやぁ、いかにもケイケイさんらしい眼差しですね〜。僕は、彼女のほうにそこまで心を向けてはおりませんでしたが、“いじらしさ”ですか。

(ケイケイさん)
 多分私くらいだと思いますよ(笑)。

ヤマ(管理人)
 僕は「フツーに働く必要がなくなったんだから、働くのがイヤだ。」ってな当然の表明程度にしか受け止めてませんでしたよ。

(ケイケイさん)
 モスの妻は可愛いけど、社会的に有能な感じじゃ無かったでしょう? 職場でいやなことがある、みたいなこと言ってたように思うし。夫が甲斐性がないので、仕方なく働いていたと思うんです。でも彼女がそれを責めたり、突然大金を掴んだ怪しい夫を、詰問したりする場面はなかったですよね? 何があっても一途に夫が好きなんだと思うと、本当にいじらしく思ってね。あの時代の女性にはアメリカでも、特にロークラスだからこそ、女性は社会進出より、専業主婦に憧れていたのではないかと思いました。
 しかし全然本筋じゃないところで、掘り下げますね、私(笑)。
 賭けを拒んだのは、そんな彼女の、怪物シガーへの最後の抵抗だったのじゃないかと思います。

ヤマ(管理人)
 これは、拙日誌にも怯えであれ、意志であれと綴ったように、僕も想定の一つにはしているのですが、どちらかというと、前者のほうかな、僕は。

(ケイケイさん)
 上に書いたようなわけで、私は、夫大好きだった妻の女の意地だと感じました。反対にシガーのほうは、自分の掟を破って、素性も顔も知られた彼女に、賭けを持ちかけますよね。店主の場合は、素性を知らないからのコインだったですよね?

ヤマ(管理人)
 そうなんです、そうなんです。言わば、シガーのエラーですよねー。ここんとこがポイントなんですよ。なぜ彼は、らしからぬエラーをしたのか!(笑)

(ケイケイさん)
 ウッディ・ハレルソン扮する殺し屋は、プロの癖にあっけなくシガーに殺されますが、素人のモスは相当頑張ってたでしょう? 敵ながらあっぱれみたいな気がしたのかも知れません。

ヤマ(管理人)
 おー、そう来ますか! なるほど。それも妙味ですねー。
 シガーは、おそらくあそこまで五分に渡り合って来る相手に、これまで出会ってなくて、初めてのことだったかもしれませんよね。

(ケイケイさん)
 そうそう、最初のシーンでものすごい形相で、若い保安官を殺すでしょう? あのシーンだけで、無敵なんだと強烈に印象づけましたから。

ヤマ(管理人)
 そして、モスとの鎬の削り合いのなかで、相手も帰還兵との察しを付けていたでしょうしね。しかも単にベトナム帰りで同じというのではなく、ベトナムで潜り抜けた試練そのもののレベルで、自分と同じものを経ている手応えを感じていたんでしょうな。

(ケイケイさん)
 私はヤマさんの「同じベトナム帰還兵」というのを拝読して、私の考察は当たっているかも?と踏んだんですが(笑)。

ヤマ(管理人)
 で、それくらい、モスは頑張ってましたから、ふと彼の遺志を汲んで、彼の妻にチャンスを与える気になるという魔が差したわけですね〜。

(ケイケイさん)
 そうそう、魔が差したんです(笑)。唯一シガーに人間らしい一面ですかね?

ヤマ(管理人)
 うん、これもいいなぁ。モスの健闘ぶりに一目置いたってのは、いいですね。相手が女性だから、ってな軟弱な理由で緩みとしてそうなるよりも、ずっといいな。

(ケイケイさん)
 女性だからという気は、しなかったですね。敵ながらあっぱれみたいな気がしたので、モスの妻には自分の掟を破って、賭けを持ちかけたんだと思いました。情をかけたというより、お遊びみたいな感じで。でも、妻はそれを拒んだので、掟通り殺したんだと思いました。私は、モスの妻は殺したと思っていたんで、シガーの中では、掟復活なんだろうなと思って。

ヤマ(管理人)
 結論は「殺した」で、僕も同じですが、過程が若干違っていました。ですが、この件については、ケイケイさん説に乗ることにしますね。

(ケイケイさん)
 ありがとうございまーす。

ヤマ(管理人)
 カーラが女性だったからではなく、モスが健闘したからチャンスを与えたと観ると、拙日誌に綴った“モスもシガーも女で計算違い”という話にしているとの観点からは、少し皮肉の面が弱まりますが、物語的には、ずんとよくなる感じですもの。
 いやぁ、お尋ねしてみてよかった。とても面白かったです(礼)。

(ケイケイさん)
 私もこの作品のことは、あまり深くお話していなかったんで、「そうだったのか!」と、今更ながら感慨に浸っています(笑)。高知でミニシアター系の作品が公開されたら、またおいで下さいね、お待ちしてます(^^)。


---------------------------------------------------------------------
2008/05/31(Sat) 10:30 No.906

ヤマ(管理人)
 お茶屋さん、こんにちは。
 かるかん犯罪の動機を充分に追及しないまま、犯罪者を自分とは異質であると線引きしたうえで、理解不能の烙印を押し、犯罪者を激しく糾弾するようなワイドショーの司会者に同調する人が多すぎると感じているとお書きの部分、はげしく同意の僕ですが、この作品では、僕はシガーの背景は匂わされていたように思いました。で、わりとみなさんがお茶屋さん同様に“old men”をストレートに“老人”というふうに受け取っておいでの様子に少々狼狽えつつ、驚いていたのですが、それはともかく、ひとつ気になっていることがあるので、質問です。
 お茶屋さんは、シガーがモスの妻を訪ねてコイントスの賭を迫った後の顛末をどのように受け止められましたか? よかったら、教えてくださいな。
 それと、もうひとつ。
 プールサイドで誘うような佇まいを見せていた女のいた近くの宿に、モスがいることを嗅ぎつけ駆けつけたであろう連中が、脱兎の勢いで車を出して後にしたのは、やはり彼らに先んじてシガーが乗り込んでいたということなんでしょうかね?
 されば、シガーは無線機を外したモスの居場所をどうやって嗅ぎつけたと思います? 僕は、無線機の件があるだけに、一味の連中のほうが先んじたのかと思ったんですが、そのあと、例のドア鍵打ち抜きの跡が出てきて、じゃあ、やっぱ先んじてたんだなーと思いました。
 でも、それなら、シガーは、どうやって嗅ぎつけたのかな?って。何か映画のなかで見つけておいでなら、教えてください。
 なんせ眠ったもので、あまり強く言えませんとのお茶屋さんにお尋ねするのも何ですが(詫)、都会の皆さんは、もう何ヶ月も前に御覧になっているようなので、“ご近所の底力”を当てにしてみることにしました(笑)。

(お茶屋さん)
 ヤマちゃんの日誌も読みましたよ〜。
 シガーがベトナム帰還兵というのは、そう思われた根拠から、なるほどと思いました。
 old menは、老人か昔気質か、トミー・ジョーンズや彼が訪ねていった猫と暮らしている隠居人のことと思いました。old menについては、みんなのシネマレビュー「ノーカントリー」32番の感想が鋭いと思いましたよ。[http://www.jtnews.jp/cgi-bin/review.cgi?TITLE_NO=15313]

 お訊ねの「シガーがモスの妻を訪ねてコイントスの賭を迫った後の顛末をどのように受け止められましたか?」ですが、まず、「コーエン兄弟、ずるい!」と思いました(笑)。そして、家から出てきたシガーの様子の描かれ方から、モスの妻は殺されたと思いました。(引きの絵で事後って感じがしたのでそう思ったのですが、どっちにもとれますね。)
 で、その顛末を今考えました(笑)。妻が答えないので妻の代わりにシガーがコールして、外れたので殺したということで。コイントスをしたのは間違いない(笑)。

 「シガーは無線機を外したモスの居場所をどうやって嗅ぎつけたと思います?」ですが、観ている間は、「シガー、待ち伏せしてたのか!(驚)」 「それとも偶然?」とわからなかったうえに「もしかして女性のお誘いはシガーの差し金?(ありえな〜い!)」なんてことまで思いましたよ。(モスが殺されたのは、プール付きのホテルだと思ってたんです;;;。お誘いに乗って入っていったところ(油断してるからね)シガーに殺されたと。
 保安官は、モス妻からモスの居所を聞いたんですよね? で、駆けつけると既に殺されていたと。このとき蜘蛛の子を散らすように逃げていったのは一味の連中とは思っていませんでした;;;;。白昼の凶行に逃げ惑う一般市民かと思ってた;;;。ここのところはプールを挟んでのモスと女性とのやりとりのすぐ後、別の場面に移って、時制と場所の関係がわかりにくかったです・・・・。
 まとめると、プールの女性とお楽しみの後(どうしても誘いに乗ったと思っているらしい(笑))、モーテルに帰ったところを待ち伏せしていたシガーにやられたというところでしょうか。
 で、シガーはいかにして居所を知ったか。空港(?)の駐車場のようなところで、モス妻の母からモスの居所を聞き出した人物は誰でしたっけ?(それを陰でシガーが聞いていた?
 底力、浅くてゴメン(^_^;

ヤマ(管理人)
 お茶屋さん、ありがとうございました。
 教えてもらった「みんなのシネマレビュー『ノーカントリー』32番の感想」読んだけど、old menについて書いてます?? 「昔は良かった」、と信じたい自分がいた。しかしよくよく考えると、いつの時代もそうだったはずってとこですか? 
 だとすれば、昔想いで後から偲ぶ古き良き時代や国などというものは、現実に存在しやしない、ってな意味だということですかねぇ。

(お茶屋さん)
 そうそう。32番さんが言っていることは、別の言い方をすれば、時代に取り残されたold manは、いつの時代にもいるってことだと思いました。昔気質の自分(保安官)には、シガーは理解不能だし対処できない。己の非力と老い先の短さに思いをいたすとき、薄暗い気持ちになるというラストだと私は思ったのですが、それって今の時代に限ったことじゃないという32番さんに「なるほど」と思ったことでした。

ヤマ(管理人)
 でも、それで言えば、「今の時代」のほうの「時代に取り残されたold man」は、映画のなかでは示されてませんよね。32番さんの感想は、今の御自身を以て「時代に取り残されたold man」に充てておいでですから、それは個人的な感慨として紛うことなきものと言えましょうが、みんながそうではないから、「今の時代に限ったことじゃない」という、この作品の核心部分で照射しているold menは、やはり戦争帰還兵だと観たいというのが僕の見解です。
 「シガーがモスの妻を訪ねてコイントスの賭を迫った後の顛末」については、僕も、妻が裏表を答えないままにシガーは殺したと受け止めてます。でもって、彼は己がルールを破ってしまう羽目になったと思ってます。「妻の代わりにシガーがコール」ってのは、思い掛けなかったですが(笑)。

(お茶屋さん)
 決定は、シガー自身じゃダメなんですよね。ベトナムで生死は人間の意志で決められないことを見ているから、あくまで表裏の当たり外れで決まるってことにしないと。

ヤマ(管理人)
 なるほど。これはなかなか興味深いご指摘ですね。僕は、決定を自分の意志でしてはいけないというのが彼のルールだとばかりも見てはないのですが、彼が時に気まぐれにコイントス殺人を試みるあたりには、そのような心理が働いていると観るのは、なかなかいいですねー(感心)。

(お茶屋さん)
 ベトナム帰還兵だって言うから、「妻の代わりにシガーがコール」はヤマちゃんが言わせたんですよ(笑)。

ヤマ(管理人)
 そいつは、罠に嵌めたようで申し訳ない(笑)。 まぁ、コイントスまでは画面にも映し出されてたし、その時点では、モスの妻が答えることを拒んでいましたから、コールまではともかく、コイントスをしたのは間違いないですよ。

 お誘いに乗ったか否かについては、僕は今回珍しく(苦笑)、モスは誘いに乗ってない気がしてたんですよ。いくら何でも、あの怪物シガーを出し抜いて、妻の身も守りながらの逃亡を果たす最後の詰めのとこで、肝心の妻の訪れを待ちながらプールの女と事をいたそうなんていう不埒は、考えにくくて(あは)。でも、女性の目からは、食後のケーキじゃありませんが、いつ如何なる時も「別腹、別腹」ってな調子で観られちゃうんだろうな〜って気は確かにするとこではあります(苦笑)。

(お茶屋さん)
 別腹の件ですが、断るにしても一応迷うんですよね、男性は。迷ってみせるのが礼儀なのかな(笑)。

ヤマ(管理人)
 蜘蛛の子を散らすように逃げていった連中が一般市民とは意表を突かれましたが、その可能性も、ナシとは言えませんよね。もっとも凶行を一般市民に目撃されるのは、シガーらしからぬ不手際ですが。
 モス妻の母からモスの居所を聞き出した人物は、麻薬取引のメキシコ側の組織の人物だろうと思います。シガーとは、むしろ対抗関係に当たるような気がしてます。例の一味は、彼からの指示と情報で駆けつけ、モスを始末した後、脱兎の如く立ち去ったというふうに観てたのですが、ドア錠の打ち抜きの跡のとこで迷いが生じてきてるとこです(あは)。

(お茶屋さん)
 おお!そういうことですか!
 それは大いにあり得ますね。気がつかなかったです。シガーが殺したとばっかり思っていましたが、シガーが殺したなら殺しの場面を見せていたでしょうね。モス妻だけを例外にしたかったはずだし。>コーエン兄弟

ヤマ(管理人)
 確かに。スタイルにこだわるコーエン兄弟なら、そうですよね。そこには思い至っておりませんでしたが、とても心強い傍証をいただきました。おかげさまで、僕のなかでは、もはや確信となりました(礼)。

(お茶屋さん)
 ドア錠の打ち抜きの跡のとこで迷いがとのことですが、これ、実は、打ち抜いたのはシガーが犯行現場に戻ってきた時だと思ったんです。
 一味が昼間にモスを殺した。→保安官駆けつけ。→暗くなって妻が駆けつけ。→モスが殺されたことを知ったシガーが夜中に駆けつけ、ドアノブを打ち抜いて侵入。ってこと?

ヤマ(管理人)
 そうです、そうです。前に出し抜かれたように巧妙に金を隠していて、モスを殺した連中には見つけられないだろうとの読みの元に。そしたら、そこへ老保安官が戻ってきたというので、繋がりますよね。迷いが払拭できました(礼)。

(お茶屋さん)
 なんか知らない間にお役に立てたみたい(^_^)。ご近所の底力を発揮できたことにしとこ(笑)。
 32番さんの発言の件は、言われてみれば、今の御自身を以て“時代に取り残されたold man”に充てておいでですからかもしれないけど、保安官などをold manと解釈したのが前提になってると思っていました。勝手だけど;;;。

ヤマ(管理人)
 ふむ、確かに。「ベル保安官も、観客である自分も。」と重ねておいでですからね〜。
 ただベル保安官だと「今の時代に限ったことじゃない」の今が1980年になってしまうと思ったのですが、それを言えば、僕の言ってることも結局、同じですよね(たは)。
 32番さん:ベル保安官=今の自分 → 今の時代に限ったことじゃない
 僕:モスたちベトナム帰還兵=今のイラク帰還兵 → 今の時代に限ったことじゃない
って、ことなんですから(たは)。ちょっとお門違いのおかしなこと言ってましたね(詫)。深夜になってもないのに、どうもバレー呆けしてたようです(苦笑)。

(お茶屋さん)
 お、それはよいですね。>バレー観戦
 ワタクシ、見ないことはないのですが、レシーブすると内出血するくらい固いバレーボールを思い出すので、あんまり見ないです。元バレー部員なのに。 ヘ(^^ヘ))) 約1週間の。


---------------------------------------------------------------------
2008年06月04日 23:03

ヤマ(管理人)
 tsuyoさん、こんにちは。『ノーカントリー』2回続けて御覧になったんですね!
 されば、お尋ねしたいことが二つあるんですよ。モロにその場面が出てきてはいませんから、あくまでtsuyoさんの受け止めってことなんですが、1.シガーは、モスの妻を殺したか否か。2.シガーは、モスを殺したか否か。どのように御覧になったか、よければ、教えてください。

(tsuyoさん)
 お答えしましょう! 僕の解釈はですね、
1.シガーはモスの妻を殺した。
  もちろん雑貨屋の主人のように運良く死を免れたという解釈も成立するが、
   2人の会話シーンから玄関を出るシガーのショット、続いての自動車事故の流れを観ると、
   やはりモスの妻―ケリー・マクドナルド!太っちゃった!―は、殺された
   と観るのが印象として深くなる。

2.シガーはモスを殺していない。
  モスはメキシコ人のグループに殺され、それによって観客にはモスの死が
  「つまらない死に様」のように感じられるという演出

というものです。いかがでしょう?
 ちなみに僕が好きなブログには、「シガーが玄関先で靴の裏を見たのは、血が付いていないかを確認していたから。(=モスの妻は殺された)」という考察があって、なるほどー!と唸りました。それにしても『ノーカントリー』は素晴らしかった・・・。コーエン兄弟、見事復活です。

ヤマ(管理人)
 ありがとうございます。僕もtsuyoさんと同じように受け止めながらも、明確な根拠を見出すに至らず、迷いが生じていたのですが、あちこちで問い掛けるなかで傍証を得たりもして、確信するに至っていたところです。ここに来て、さらにまた証拠固めをいただきました(笑)。
 ついでに、もう一つお訊ねしますが、原題にある“Old Men”については、どのようなニュアンスを 受け取っておいでましたか?

(tsuyoさん)
 “Old Men”は、端的に言えばトミー・リー・ジョーンズや彼の叔父たちのことですよね。要するに、世界の回復力というか、アメリカという国の持つ善性を信じていた「年寄り」のこと。信じられないことばかりが起こる世の中で、それでもトミー・リー・ジョーンズ演じる保安官は、そういったものに信頼を置いて(あるいはすがって)生きていた。でもアントン・シガーがその(儚い)希望を圧倒的な不条理さで摘み取ってしまうわけです。もはやこの国はあなた方が生きられる国ではない“No Country For Old Men”と。
 この映画のトミー・リーとほぼ同じキャラクターが別の映画にいます。そう、『ファーゴ』のフランシス・マクドーマンド演じる警察署長です。彼ら/彼女らは同じようにこの世界を信じて職務に携わり、不条理に遭遇して、挫け、ある面において絶望します。しかし、『ファーゴ』のフランシス・マクドーマンドが自分の希望を、コンテストに入賞した夫の絵(3セント切手のイラスト)に託すことができたのに対し、『ノーカントリー』のトミー・リー・ジョーンズは、「夢の中に父親が出てきた。父親は俺のために『きっと』この先で明かりを灯してくれているの『だろう』」と、美しいながらも消え去りそうな希望を語ることしかできませんでした。
 果たして我々が歩くこの暗闇の中で、その先に「本当に」明かりは灯っているのでしょうか?
 その微かな、本当に微かな希望を、我々は保てるかどうか。それがこの映画の問い掛けなのだと思います。どひー!語っちゃった!! まあ、あくまで僕個人の感想です。長くなっちゃってすみませーん。

ヤマ(管理人)
 なるほどね〜。ありがとうございました。
 僕は『ファーゴ』を観逃しているのですが、『ファーゴ』のときに希望を託すことの出来たコーエン兄弟が『ノーカントリー』では消え去りそうにしか語れず、シガーが摘み取ってしまう映画を撮ったということは、アメリカの状況は、より悪くなっているという認識なんでしょうかねぇ。

(tsuyoさん)
 『ファーゴ』は個人的に、コーエン兄弟の作品中いちばん好きな作品です。イイですよー。
 ちなみに『ノーカントリー』は電車で1時間ほど離れたところまで観に行ったんですが、7月に近場の映画館で公開決定。ああ・・・。片道1200円もしたんですよ・・・。
by ヤマ(編集採録)



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―