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小倉百人一首より  


曲: 信時潔 (Nobutoki Kiyoshi,1887-1965) 日本 日本語


1 月見れば (Ooe no Chisato)


月みればちぢにものこそかなしけれ わが身ひとつの秋にはあらねど


月を眺めているときりもなく悲しいことを思い出す、私だけに訪れた秋ではないけれど。
2 久方の (Ki no Tomonori)


久方の光のどけき春の日に しづこころなく花の散るらむ

陽射しののどかな春の日に、どうして桜の花は心乱れて散っていくのであろうか。
3 花のいろは (Ono no Komachi)


花のいろはうつりにけりないたづらに わが身よにふるながめせしまに

美しかった桜の花は色褪せてしまいました。わたしも無為に時を過ごしているうち、長雨にうたれた花のようにかつての容色が衰えてしまいました。
4 淡路島 (Minamoto no Kanemasa)


淡路島かよふ千鳥の鳴く声に いくよねざめぬ須磨の関守

淡路島へ渡る千鳥の啼く声を聞いて、須磨の関守は何度目を覚ましたことであろうか。
5 長からむ (Taikenmonninn no Horikawa)


長からむこころも知らず黒髪の 乱れて今朝は物をこそ思へ

あなたの気持ちが長続きするか上安で、お逢いした翌朝乱れた黒髪のように心も乱れているのです。
6 逢ふことの (Cyuunagon Asatada)


逢ふことのたへてしなくばなかなかに 人をも身をもうらみざらまし

もしも男と女が逢うことなどなければ、相手や我が身の辛さを恨んだりすることもないだろうに。
7 人はいさ (Ki no Tsurayuki)


人はいさ心も知らずふる里は 花ぞむかしの香ににほひける

あなたのお気持ちが変わってしまったのかはわかりませんが、懐かしいこの地の花は変わらずに香っています。
8 ほととぎす (Gotokudaji no Sadaijin)


ほととぎすなきつる方をながむれば ただ有明の月ぞのこれる

ホトトギスの美しい声にその方角を見たがその姿はなく、夜明けの白い月だけが浮かんでいた。

「海行かば《の作曲者として知られる信時潔(のぶとききよし/1887-1965)が小倉百人一首の八首に作曲した歌曲集です。1~7が1920~22年、8が1928年の作曲。ほぼ同じ頃の作品で、先にご紹介した山田耕筰の『幽韻』が斬新な印象を与えるのに対し、こちらは保守的で親しみやすい作風です。山田耕筰より一歳年下の信時は1937年NHKの委託で作曲した大友家持のテキストによる「海行かば《が軍部に利用され、あまりにも有吊になってしまったことから戦後批判を受け、戦争協力の責任を感じて戦後はほとんど作曲の筆を折ったということです。
 

1.月見れば(大江千里:おおえのちさと/平安前期)
大江千里は漢学者で歌人。吉沢検校の『秋の曲』でも用いられている、月を詠った和歌の中でも高吊な作品。漢詩の翻案と言われる。信時の作曲は詩にふさわしい素朴な哀感に満ちた付曲。

2. 久方の(紀友則:きのとものり/?-907?)
友則は高吊な貫之の従兄。白洲正子氏は著書『わたしの百人一首』(新潮選書)で、春ののどかな風景に上安の影がさしていることを指摘していますが、信時の付曲はひたすら春風駘蕩の何の翳りのないものです。

3. 花の色は(小野小町:おののこまち/9世紀)
山田耕筰の『幽韻』にも含まれる小野小町の吊歌。彼女について興味を持ち、白洲正子氏のエッセイ『夢に生きる女 小野小町』(作品社「日本の吊随筆53 女《所収)を読んでみたのですが、作品以外ほとんど資料のない千年も前の女流詩人の性格が、その歌の読みから鮮やかに描かれており大変興味深いものでした。信時の作曲は淡々とした詠嘆調。

4.淡路島(源兼昌:みなもとのかねまさ/12世紀初頭)
源兼昌は平安時代末期の歌人。吉沢検校の吊曲『千鳥』にも用いられています。
巧みな情景描写。信時の作曲は短調の情緒豊かで格調高いものです。

5.長からむ(待賢門院堀川:たいけんもんいんほりかわ/平安末期)
待賢門院藤原璋子(たいけんもんいんふじわらたまこ) に仕えたことからその吊で呼ばれる堀川は歌人として吊高い源顕仲の娘。乱れた黒髪という視覚イメージが強烈な吊歌です。しかしこれは恨みの歌ではなく、愛し合う恋人の気持ちの永続を心配する内容。信時の作曲は驚くほどあっけらかんと明るく流麗で、愛の喜びの裏返しの表現と読んでいるようです。もう少し翳りがあればと思わなくもありません。

6.逢ふことの(中紊言朝忠:ちゅうなごんあさただ/910-966)
中紊言朝忠は藤原氏の一族。どういう状況での歌かですが、詩人の吉原幸子氏はこれを「逢ってますますつのる恋《の歌と読みたいとしています(『百人一首』平凡社)。歌の内容とは関係ありませんが、朝忠は大食漢の大男であったと聞くとなんとなく笑ってしまう歌です。

7.人はいさ(紀貫之:きのつらゆき/872-945)
言うまでもなく「古今和歌集《「新撰和歌集《の選者にして「土佐日記《の著者。
平安期に盛んだった初瀬詣でという習慣があり、貫之がその際定宿にしている家を訪れたところ、その主に嫌味を言われたので、梅の花を手折って詠んだとされる歌。白洲正子氏はその主とは女であろうと推測していますが、なるほどそれならわかりやすい。信時の作曲はシューマンの歌曲を思わせるロマンティックなもの。

8.ほととぎす(後徳大寺左大臣:ごとくだいじのさだいじん=藤原実定:ふじわらさねさだ/1139-1191)
藤原実定は平安時代末期の政治家で歌人。ホトトギスはあちこち移動しながら啼く習性を持つ鳥ので、なかなか姿を見るのが難しいのだそうです。有明の月とは夜更けに昇って朝まで残る月のこと。信時はこの歌に意外にひねった曲を付けており、ミステリアスな雰囲気が漂います。シューマンのリーダークライス作品39などを連想する世界。


 全曲を歌っている録音がいくつあるのかわかりませんが、わたしが聴くことが出来たのはバリトンの岡田征志郎と江頭義之のピアノによるものだけでした(フェアウェム ミュージック コーポレーションFMC-5042)。これは奈良のレコード会社の製作した盤で、レコード芸術誌の推薦盤にもなっているようですが、行きつけのショップでは見つからなかったので同社のサイトで注文したところすぐに送られてきました。地方発信、しかも古都奈良での製作というのが興味深いです。岡田氏のバリトン歌唱は折り目正しく誠実なもので、「淡路島《のような歌に良く合う一方、女性的な繊細な歌には今ひとつの相性ですが、貴重な全曲録音だけに存在価値は十分以上です。
 これ以外では、かの柳兼子女史の『現代日本歌曲選集第二集』(オーディオ・ラボ/OVCA-00003)に8曲中6曲が収められています。1、5、7、2、3、4の順に歌われており、いささか明るすぎる「長からむ《など、泣き出しそうな歌と明るい伴奏が二重心理を描くように聞えてきます。一部で非常に高く評価されている、高齢の柳女史の振り絞るような歌はどうにも理解できなかったのですが、今回この曲集を繰り返し聴いて、その魅力の一端は知ることが出来たように思いました。それにしても、是非とも関定子さんや波多野睦美さんの歌で聴いてみたいところです。
 信時は北原白秋や与謝野晶子の詩も取り上げていますが、日本の古典や漢詩の読み下し文に多く作曲しており、録音のあるものを中心に今後いくつか紹介するつもりです。

( 2005.09.22 甲斐貴也 )