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五つの唄  


詩: 北原白秋 (Kitahara Hakusyuu,1885-1942) 日本

曲: 三善晃 (Miyoshi Akira,1933-2013) 日本 日本語


1 曼珠沙華(ひがんばな)


GONSHAN. GONSHAN. 何處へゆく、
赤い、御墓の曼珠沙華(ひがんばな)、
曼珠沙華(ひがんばな)、
けふも手折りに來たわいな。
GONSHAN. GONSHAN. 何本か、
地には七本、血のやうに、
血のやうに、
ちやうど、あの兒の年の數。
GONSHAN. GONSHAN. 氣をつけな、
ひとつ摘んでも、日は眞晝、
日は眞晝、
ひとつあとからまたひらく。
GONSHAN. GONSHAN. 何故泣くろ、
何時まで取っても曼珠沙華(ひがんばな)、
曼珠沙華、
恐や、赤しや、まだ七つ。


2 あひびき


きつねのろうそく見つけた
蘇鐵のかげの黒土に
黄いなかろうそく見つけた
昼も昼なかおどおどと
男かへしたそのあとで
お池のふちの黒土に
きつねのろうそく見つけた


3 にくしみ


青く黄の斑(ふ)のうつくしき
やはらかき翅(は)の蝶(チユウツケ)を
ピンか 紅玉(ルビー)か ただひとつ
肩に星ある蝶(チユウツケ)を
強ひてその手に渡せども
取らぬ君ゆゑ目もうちぬ
夏の日なかのにくしみに
泣かぬ君ゆゑその唇(くち)に
青く 黄の粉(こ)の恐ろしき
にくらしき翅(は)をすりつくる


4 あかんぼ


昨日うまれたあかんぼを
その眼を 指を ちんぽこを
真夏真昼の醜さに
憎さも憎く睨む時
 
何かうしろに来る音に
はつと恐れてわななきぬ
『そのあかんぼを食べたし』と
黒い女猫がそつと寄る


5 紺屋のおろく


にくいあん畜生は紺屋のおろく
猫をかかへて夕日の浜を
知らぬ顔してしやなしやなと

にくいあん畜生は筑前しぼり
きゃしゃな指さき濃青に染めて
金の指輪もちらちらと

にくいあん畜生が薄情な眼つき
黒い前掛毛繻子かセルか
博多帯しめからころと

にくいあん畜生とかかへた猫と
赤い入日にふとつまされて
潟に陥つて死ねばよい

ホンニ ホンニ...



ピアノ伴奏の女声合唱曲です。白秋の詩集「思ひ出《より、なかなか意味深長な詩を選び出して上思議な音楽にしています。最初の「曼殊沙華《は山田耕筰の歌曲が有吊ですが、あの慟哭に近い重々しさはここにはなく、何か白昼夢を見ているような幻想的な曲に仕上げています。2曲目「あひびき《に出てくる「きつねのろうそく《というのは赤や黄色が毒々しい毒キノコのこと。青空文庫に掲載の版ではここは「きつねのてうちん《となっていました。黒土に黄色のキノコというのは彩りも鮮烈ですね。3曲目の「にくしみ《も負けずにエロティックな描写です。4曲目の「あかんぼ《は何だか鬼子母神を連想しました。生んだ子に対するやり場のない憎しみのようなものが詩からも音楽からも感じられます。最後の「紺屋のおろく《は高木東六の歌曲が有吊ですが、こちらは前衛的な響きを見せるピアノ伴奏に乗って、リズミカルな語りが日本情緒と無調の間を行ったり来たりするのがとても面白い音楽でした。

( 2017.10.15 藤井宏行 )