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三つの無伴奏混声合唱曲  


詩: 北原白秋 (Kitahara Hakusyuu,1885-1942) 日本

曲: 柴田南雄 (Shibata Minao,1916-1996) 日本 日本語


水上(みなかみ)


水上(みなかみ)は思ふべきかな。
苔清水湧きしたたり、
日の光透きしたたり、
橿(かし)、馬酔木(あしび)、枝さし蔽ひ、
鏡葉(かがみは)の湯津真椿(ゆづまつばき)の真洞(まほら)なす
水上は思ふべきかな。

水上は思ふべきかな。
山の気の神処(こころど)の澄み、
岩が根の言問(ことと)ひ止み、
かいかがむ荒素膚(あらすはだ)の
荒魂(あらみたま)の神魂(かみむす)び、神つどへる
水上は思ふべきかな。

水上は思ふべきかな。
雲、狭霧、立ちはばかり、
丹(に)の雉子(きぎし)立ちはばかり、
白き猪(ゐ)の横伏し喘(あへ)ぎ、
毛の荒物のことごとに道塞(ふた)ぎ寝(ぬ)る
水上は思ふべきかな。

水上は思ふべきかな。
清清(さわさわ)に湧きしたたり、
いやさやに透きしたたり、
神ながら神寂(さ)び古る
うづの、をを、うづの幣帛(みてぐら)の緒の鎮もる
水上は思ふべきかな。

水上は思ふべきかな。
青水沫(あをみなわ)とよたぎち、
うろくづの堰(せ)かれたぎち、
たまきはる命の渦の
渦巻の湯津石村(ゆづいはむら)をとどろき揺る
水上は思ふべきかな。


早春


槙(まき)のこずゑに、青鷺の
群れて巣をもつ幽(かそ)けさよ
空のはるかを、日の暈(かさ)の
凝(こご)りかけつつ行き消えぬ





遠きもの
まづ揺れて
つぎつぎに
目に揺れて
揺れ来(きた)るもの
風なりと思ふ間もなし
我いよよ揺られはじめぬ


風吹けば風吹くがまま
我はただ揺られ揺られつ
揺られつつ その風をまた
わがうしろ遥かにおくる


吹く風に揺れそよぐもの
目に満ちて
翔(かけ)る鳥
ただ一羽
弧は描(か)けど
揺れ揺れて
まだ空の中(うち)


吹く風の道に
驚きやまぬものあり
光り また 暗みて
をりふし強く 急に強く
光り また 暗む――
すべて秋 今は秋


輝けど
そは遠し
尾花吹く風



( 2017.07.02 藤井宏行 )