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中原中也による3つの歌曲  


詩: 中原中也 (Nakahara Chuuya,1907-1937) 日本

曲: 溝上日出夫 (Mizokami Hideo,1936-2002) 日本 日本語


帰郷


柱も庭も乾いている
今日は好い天気だ
   縁の下では蜘蛛の巣が
   心細そうに揺れている

山では枯木も息を吐く
ああ今日は好い天気だ
   路傍(みちばた)の草影が
   あどけない愁(かなし)みをする

これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いている
   心置なく泣かれよと
   年増婦(としま)の低い声もする

ああ おまえはなにをして来たのだと…
吹き来る風が私に云う


夏の日の歌


青い空は動かない
雲片(くもぎれ)一つあるでない
  夏の真昼の静かには
  タールの光も清くなる

夏の空には何かがある
いじらしく思わせる何かがある
  焦げて図太い向日葵が
  田舎の駅には咲いている

上手に子供を育てゆく
母親に似て汽車の汽笛は鳴る
  山の近くを走る時

山の近くを走りながら
母親に似て汽車の汽笛は鳴る
  夏の真昼の暑い時


夕照


丘々は 胸に手を当て
退(しりぞ)けり
落陽は 慈愛の色の
金のいろ

原に草
鄙唄うたい
山に樹々
老いてつましき心ばせ。

かかる折しも我ありぬ
少児(しょうに)に踏まれし
貝の肉

かかるおりしも剛直の
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱(く)みながら歩み去る



( 2017.03.19 藤井宏行 )