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沿海三部作  


詩: 萩原朔太郎 (Hagiwara Sakutarou,1886-1942) 日本

曲: 三善晃 (Miyoshi Akira,1933-2013) 日本 日本語


1 波止場の烟


野鼠は畠にかくれ
矢車草は散り散りになつてしまつた
歌も 酒も 戀も 月も もはやこの季節のものでない
わたしは老いさらばつた鴉のやうに
よぼよぼとして遠國の旅に出かけて行かう
さうして乞食どものうろうろする
どこかの遠い港の波止場で
海草の焚(や)けてる空のけむりでも眺めてゐよう
ああ まぼろしの乙女もなく
しをれた花束のやうな運命になつてしまつた
砂地にまみれ
礫利食(じやりくひ)がにのやうにひくい音(ね)で泣いて居よう


2 寄生蟹のうた


潮みづのつめたくながれて
貝の齒はいたみに齲ばみ酢のやうに溶けてしまつた
ああここにはもはや友だちもない 戀もない
渚にぬれて亡靈のやうな草を見てゐる
その草の根はけむりのなかに白くかすんで
春夜のなまぬるい戀びとの吐息のやうです。
おぼろにみえる沖の方から
船人はふしぎな航海の歌をうたつて 
拍子も高く楫の音がきこえてくる。
あやしくもここの磯邊にむらがつて
むらむらとうづ高くもりあがり 
また影のやうに這ひまはる
それは雲のやうなひとつの心像 
さびしい寄生蟹(やどかり)の幽靈ですよ。


3 沿海地方


馬や駱駝のあちこちする
光線のわびしい沿海地方にまぎれてきた。
交易をする市場はないし
どこで毛布(けつと)を賣りつけることもできはしない。
店鋪もなく
さびしい天幕が砂地の上にならんでゐる。
どうしてこんな時刻を通行しよう!
土人のおそろしい兇器のやうに
いろいろな呪文がそこらいつぱいにかかつてしまつた
景色はもうろうとして暗くなるし
へんてこなる砂風がぐるぐるとうづをまいてる。
どこにぶらさげた招牌(かんばん)があるではなし
交易をしてどうなるといふあてもありはしない。
いつそぐだらくにつかれきつて
白砂の上にながながとあふむきに倒れてゐよう。
さうして色の黒い娘たちと
あてもない情熱の戀でもさがしに行かう。



三善がまだ新進気鋭の1955年に書かれた独唱歌曲。同じ朔太郎の詩におよそ20年後につけた「抒情小曲集《と聴き比べてこれはまた何と前衛的な響きの歌でしょうか。朔太郎の饒舌な、しかしシュールな幻影のようなものを描き出す詩に見事に寄り添った音楽を紡ぎ出しています。

( 2017.02.11 藤井宏行 )