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大手拓次による三つのうた  


詩: 大手拓次 (Oote Takuji,1887-1934) 日本

曲: 別宮貞雄 (Bekku Sadao,1922-2012) 日本 日本語


1 睫毛のなかの微風


そよかぜよ、
こゑをしのんでくる そよかぜよ
ひそかのささやきにも似た にほひをうつす そよかぜよ
とほく 旅路のおもひをかよはせる そよかぜよ
しろい 子鳩の羽のなかにひそむ そよかぜよ
まつ毛のなかに 思ひでの日をかたる そよかぜよ
そよかぜよ、そよかぜよ、ひかりの風よ そよかぜは
胸のなかにひらく 今日の花 昨日の花 明日(あした)の花

2 よりかかる鐘の音


また いつとなく
鐘は こころのなかの とびらをたたき
しろく よりかかる

おもひでの ほたるぶくろの花のゆれるやうに
鐘のねは すがたもなく
遠遠(とほどほ)に こころの窓によりかかり
しづけさの かぜのおもてに 手をのべる

3 そよぐ幻影


あなたは ひかりのなかに さうらうとしてよろめく花
あなたは はてしなくくもりゆく こゑのなかの ひとつの魚(うを)
こころを したたらし
ことばを おぼろに けはひして
あをく かろがろと ゆめをかさねる
あなたは みづのうへに うかび ながれつつ
ゆふぐれの とほいしづけさをよぶ

あなたは すがたのない うみのともしび
あなたは たえまなく うまれでる 生涯の花しべ
あなたは みえ
あなたは かくれ
あなたは よろよろとして わたしの心のなかに 咲きにほふ

みづいろの あをいまぼろしの あゆみくるとき
わたしは そこともなく ただよひ
ふかぶかとして ゆめにおぼれる

ふりしきる さざめゆきのやうに
わたしのこころは ながれ ながれて
ほのぼのと 死のくちびるのうへに たはむれる

あなたは みちもなくゆきかふ むらむらとしたかげ
かげは にほやかに もつれ
かげは やさしく ふきみだれる


( 2017.01.21 藤井宏行 )