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雨情民謡集  


詩: 野口雨情 (Noguchi Ujyou,1882-1945) 日本

曲: 山田耕筰 (Yamada Kousaku,1886-1965) 日本 日本語


1 捨てた葱


葱を捨てたりや
しをれて枯れた

捨てりや葱でも
しをれて枯れる

お天道さま見て
俺(おら)泣いた


2 二十三夜


二十三夜さま
まだのぼらない

麦鍋ア囲炉裏で
泡(あぶく)立つてる

とろとろ とろりちけえ
眠くなつて來た


3 紅殼とんぼ


とんぼ來るかなと
   裏へ出て見たりや

とんぼ飛んで來て
   釣瓶にとまる。
 
とんぼ可愛や
   紅殼とんぼ
 
赤い帯なぞちよんと
   締めて來る


4 波浮の港


磯の鵜の鳥ヤ
  日暮れに帰る

波浮の港にや
  夕焼け小焼け

明日の日和は
  ヤレ ホンニサ 凪るやら


船もせかれりや
  出船の仕度

島の娘達ヤ
  御陣家(じんか)暮し

なじよな心で
  ヤレ ホンニサ ゐるのやら


5 粉屋念仏


「粉屋念仏」
踊る子は帰る

若い娘は
まだ帰らない
  スタコラサ
    スタコラサ。
 
月も夜明にや
山端へ帰る

寝ぼけ月なら
いや帰らない
  スタコラサ
    スタコラサ



野口雨情のとろとろの日本情緒はあまり耕筰の音楽とは相容れないところがあるように私には思えます。それもあって、意外とたくさんある童謡を除くと雨情の詩につけた歌曲はこの「雨情民謡集」の5曲のみ。これが雨情の詩につけた最初で最後の歌曲になります。雨情らしい朴訥で調子の良い、まさに民謡と呼ばれるにふさわしい詩を耕筰は5篇集めていますが、彼のつけた歌は民謡と呼ぶのがはばかられるほど本格的な芸術歌曲。とても気軽に鼻歌で歌うなど不可能なメロディ、リズム共々たいへんに凝ったつくりです。中山晋平のつけた曲が歌謡曲として大ヒットした「波浮の港」で聴き比べて頂ければなるほどと納得頂けることでしょう。耕筰の曲も日本の伝統音楽を意識してか、追分節のような微妙な音の揺らぎを見せつつ、洋風とも和風ともつかぬ不思議なメロディ進行を堂々と歌い上げます。少なくとも素人の私には口ずさむことは不可能なメロディでした。

第1曲「捨てた葱」がシンプルさの中にペーソスを漂わせ、一番好まれるでしょうか。時折耳にすることができます。華やかな伴奏と共にゆったりと歌われる「二十三夜」、これも息の長いメロディが印象的な第3曲「紅殻とんぼ」(第2曲と第3曲はよく入れ替わっていますがここでの曲順は春秋社の楽譜に従いました)、そして第4曲「波浮の港は前述のとおり。最後の「粉屋念仏」の鮮烈なユーモアも微笑ましい歌詞共々インパクト抜群です。
録音では関定子の歌う壮絶とさえ言える凄い歌声も捨てがたいのですが、テノールの中村健の軽やかさの中にユーモアを湛えた歌声の方がこの歌曲集の美質をより捕えているように思えます。古い録音で入手も難しいかも知れませんが、機会がありましたらぜひお聴きください。

( 2015.10.30 藤井宏行 )