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車塵集  


詩: 佐藤春夫 (Satou Haruo,1892-1964) 日本

曲: 芥川也寸志 (Akutagawa Yasushi,1925-1989) 日本 日本語


1 もみぢ葉


日はくれ風ふき
枝に葉は落つ
もゆる思ひは
君に知られず


  日暮風吹
  落葉依枝
  寸心丹意
  愁君未知
    (青渓小姑 原詩)



2 薔薇をつめば


きさらぎ彌生春のさかり
草と水との色はみどり
枝をたわめて薔薇をつめば
うれしき人が息の香ぞする


  陽春二三月
  草與水同色
  攀條摘香花
  言是歡気息
    (孟珠 原詩)



3 水彩風景


杏咲くさびしき田舎
川添ひや家おちこち
入日さし人げもなくて
麥畑にねむる牛あり


  杏花一孤村
  流水數間屋
  夕陽上見人
  牯牛麥中宿
    (紀映淮 原詩)

4 採蓮


さわやかに風や日かげや
花はちす汀(みぎわ)をつつみ
見えてもせで蓮(はちす)採る子や
花がくれかたらふ聲す


  風日正晴朗
  荷花蔽州渚
  上見採蓮人
  只聞花下語
    (端淑卿 原詩)

5 春のをとめ


しづ心なく散る花に
なげきぞ長きわが袂
情をつくす君をなみ
つむや愁ひのつくづくし


  風花日將老
  佳期尚渺渺
  上結同心人
  空結同心草
    (薜濤 原詩)


芥川也寸志には数えるほどしか歌曲作品は存在しておらず、この「車塵集《を取り上げればこのサイトでほぼすべての歌曲を取り上げたことになります。
しかしこの作品、そんな歌曲の数の少なさがあまりに惜しいと思わせる見事なものです。何よりもこの「車塵集《からの詩を歌曲にしようという着眼が素晴らしい。この「車塵集《、唐・明の時代の女流詩人の作品を佐藤春夫が編集・訳詩したもので、女性らしい繊細な自然や生活の描写を、佐藤春夫がまた何とも味のある日本語を充てた(かなり思い切った意訳翻案もあるように感じました)実にすてきな詩集なのです。
ここでは5篇のみが取り上げられておりますが、字面だけ見てもメロディが聞こえてくるような流麗な言葉の流れではないでしょうか。
芥川はここに、非常に耳になじみよい美しい、息を飲むような旋律を付けました。中国の唐の時代からは10世紀を超える時代の壁を乗り越えて、東アジアの自然と人間の営みの豊かさを感じさせてくれる作品なのです。
残念なことに芥川の作品自体が次第に忘れ去られてきているような中、この歌曲集も取り上げられることはなくなってきているように思えます。
恐らく唯一の録音ではないかと思われる、荒道子のメゾに三浦洋一のピアノ伴奏のVictor盤もずっと長いこと廃盤。歌曲作品の少なさから歌曲作家と見なされない芥川には今の状況は極めてつらいものがあります。
ダウンロード配信とかが可能となった現在、こういう作品が埋もれないようにする手立てはいくらでもあるように思うのですがなかなかうまくは行かないというところでしょうか。

( 2015.01.24 藤井宏行 )