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Ekho Po`eta   Op.76
詩人のこだま

詩: プーシキン (Aleksandr Sergeyevich Pushkin,1799-1837) ロシア

曲: ブリテン (Edward Benjamin Britten,1913-1976) イギリス ロシア語


1 Ekho
1 エコー

Revet li zver’ v lesu glukhom,
Trubit li rog,gremit li grom,
Poet li deva za kholmom -
Na vsjakij zvuk
Svoj otklik v vozdukhe pustom
Rodish’ ty vdrug.

Ty vnemlesh’ grokhotu gromov,
I glasu buri i valov,
I kriku sel’skikh pastukhov -
I shlesh’ otvet;
Tebe zh net otzyva... Takov
I ty,poet!

ざわめく森の中で野獣が唸ろうと
角笛が鳴ろうと、雷鳴が轟こうと
丘の上で乙女が歌おうと
どんな音に対しても
その応答をうつろな空に向かって
お前はすぐに生み出すのだ

お前は聴き入る 雷の轟きに
嵐や波の声に
そして村の牧童の声にさえも
それから答えを返すのだ
だがお前には何も帰ってはこない...それは
お前も同じだ、詩人よ!


2 Ja dumal,serdtse pozabylo
2 私は思う この心は忘れてしまったのだと

Ja dumal,serdtse pozabylo
Sposobnost’ legkuju stradat’,
Ja govoril: tomu,chto bylo,
Uzh ne byvat’! uzh ne byvat’!
Proshli vostorgi,i pechali,
I legkovernye mechty...
No vot opjat’ zatrepetali
Pred moshchnoj vlast’ju krasoty.

私は思う この心は忘れてしまったのだと
悩み 苦しむ力を
そして告げるのだ それは
失われた! 失われたのだと!
消え去ったのだ 喜びも悲しみも
そしてこの騙されやすい夢も
だが今 再び震えている
美の強大な力を前にして

3 Angel
3 天使

V dverjakh Edema angel nezhnyj
Glavoj poniksheju sijal,
A demon mrachnyj i mjatezhnyj
Nad adskoj bezdnoju letal.

Dukh otritsan’ja,dukh somnen’ja
Na dukha chistogo vziral
I zhar nevol’nyj umilen’ja
Vpervye smutno poznaval.

“Prosti,” on rek,”tebja ja videl,
I ty nedarom mne sijal:
Ne vse ja v [nebe]1 nenavidel,
Ne vse ja v mire preziral.”

エデンの園の門に やさしい天使が
うつむいた頭を輝かせていた
悪魔は暗く 悪意に満ちて
煉獄の深淵の上を飛んでいた

この否定の精霊 疑いの精霊は
清らかな精霊を見て
熱い 思いがけない興奮と共に
初めて おぼろげに気がついたのだ

「許してほしい《悪魔は言った「私があなたを見
あなたが私に光を投げかけたのも理由がないわけではない
天上のあらゆるものを私は憎んでいたのではないし
地上のあらゆるものを私は軽蔑したのではないのだ《

4 Solovej i roza
4 ナイチンゲールとバラ

V bezmolvii sadov,vesnoj,vo mgle nochej,
Poet nad rozoju vostochnyj solovej.
No roza milaja ne chuvstvuet,ne vnemlet,
I pod vljublennyj gimn kolebletsja i dremlet.
Ne tak li ty poesh’ dlja khladnoj krasoty?
Opomnis’,o poet,k chemu stremish’sja ty?
Ona ne slushaet,ne chuvstvuet poeta;
Gljadish’,ona tsvetet; vzyvaesh’ -- net otveta.


庭の静けさの中 春 夜霧に包まれて
バラの上で歌っている 東方のナイチンゲールが
だがバラは感じ入ることもなく 耳を傾けることもない
愛の賛歌に ただ揺れてまどろむだけだ
お前もそんな風に歌っているのか つれない美人に向けて?
しっかりしろ 詩人よ お前は何を望むのだ?
彼女は聞いてはくれぬ 気にもかけぬのだ 詩人のことなど
お前が見れば彼女は咲き誇っているが 呼びかけても答えはないのだ

5 Epigramma
5 エピグラム

Polu-milord,polu-kupets,
Polu-mudrets,polu-nevezhda,
Polu-podlets,no est’ nadezhda,
Chto budet polnym nakonets.

半分領主様 半分は商人
半分は賢者だが 半分は無知
半分悪党だが まだ望みはある
最後に完全な者になれる望みは

6 Stikhi,sochinjonnyje noch'ju vo vremja bessonnicy
6 夜 眠れぬ時に書かれた詩

Mne ne spitsja,net ognja;
Vsjudu mrak i son dokuchnyj.
KHod chasov lish’ odnozvuchnyj
Razdaetsja bliz menja.
Parki bab’e lepetan’e,
Spjashchej nochi trepetan’e,
Zhizni mysh’ja begotnja...
Chto trevozhish’ ty menja?
Chto ty znachish’,skuchnyj shopot?
Ukorizna,ili ropot
Mnoj utrachennogo dnja?
Ot menja chego ty khochesh’?
Ty zovesh’ ili prorochish’?
Ja ponjat’ tebja khochu,
Smysla ja v tebe ishchu...

私は眠れない 灯りもなく
まどろみと倦怠の闇に包まれている
ただ単調な時計の心音だけが
私の安らぎを乱すのだ
運命の女神はつぶやき
眠りの夜は震えている
走りまわるネズミのような命の鼓動
なぜお前は私の心を静めてはくれぬ?
何を言いたいのだ 物憂げなつぶやきよ?
非難しているのか それともぼやきなのか
私が空しく費やした一日への?
私から お前は何を求めているのだ?
お前は呼んでいるのか それとも予言しているのか?
私はお前を理解したいのだ
その意味を私はお前のうちに探し求める


1965年にロシア(当時はソヴィエト連邦)を訪れ、ショスタコーヴィチやロストロポーヴィチなどと親交を深めたブリテンはなんとロシア語の歌曲を書くことを決意します。ロシア人にとって絶大な人気を誇るプーシキンの抒情詩より有吊なもの(「エコー《や「天使《)からほとんど知られていないもの(第2曲の詩などは国内の見つけ得る限りのどのプーシキン詩集でも邦訳を見つけることはできませんでした)まで、彼ならではの同時の審美眼で選ばれた6篇の詩に曲をつけています。ロシア語の指導はロストロポーヴィチに受けたのだそうで、その妻でソプラノ歌手ガリーナ・ヴィシネフスカヤのために作曲されたとのことです。残念ながら彼女の歌った録音は私は見つけることはできませんでしたが、今でもソプラノ歌手のレパートリーとしてしばしば取り上げられている曲のようです。特に第4曲のオリエンタル風味の物憂い倦怠感の中に耽美的な抒情性を入れた雰囲気などはリリックなソプラノに歌われると実に良い感じ。堂々とした1・3曲や内省的な第2曲、ショスタコーヴィチの歌曲作品を彷彿とさせるシニカルでユーモラスな第5曲(奇妙な詩ですが、これはプーシキンがオデッサにいた時(1824)の作品 そこでの彼の上司のヴォロンストフ伯爵のことを戯画化して皮肉ったものなのだそうです)、そしてけだるくも重厚な最終曲と、多彩な表情を見せてくれるのも聴きごたえがあります。半音階なども多用し、現代歌曲的な色合いも出てとっつきにくい側面もあるかもしれませんが、聴いているうちに引き込まれていく、そんな歌曲集です。

うっかりと昨年末のヴィシネフスカヤの訃報(享年86歳だそうです)を見逃したことにこの曲のことを調べていて初めて気付きました。ほぼ1年遅れではありますが、この曲のご紹介をもって追悼としたいと思います。そう言えば彼女、ブリテンの大作「戦争レクイエム《でも重要なソリストのひとりでしたっけ。これら両曲をこの世に生み出させるきっかけとなったロシアの大歌手のご冥福をお祈りしたいと思います。

( 2013.11.16 藤井宏行 )