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Tri Japonskikh Stikhotvorjenija  
3つの日本の短歌

詩: ブラント (Aleksandr Nikolayevich Brandt,-) ロシア

曲: ストラヴィンスキー (Igor Stravinsky,1882-1972) ロシア


1 Akahito
1 アカヒト

Wenn stets der Kirschenbaum so wundervoll
Wie jetzt auf allen Höhen blühen würde,
Wir liebten seine schneeige Schönheit dann Nicht so wie jetzt,
da nur den Lenz sie ziert.

もし桜の木がこんなに美しかったなら
今の盛りのときのように一年中ずっと
そうだったら今ではなく、雪の季節が素晴らしいだろう
春にしか今は咲かないのだから

2 Mazatsumi
2 マサズミ

Froh sprudeln durch die Ritzen nun des Eises,
Das vor dem Lenz zergeht,die weissen Wellen Des Giessbachs auf:
die ersten weissen Blüten Des lieben Frühlings
möchten sie uns sein.
氷の裂け目より喜びが溢れて来る
激しい水のほとばしりと共に春の前に消え去る氷の
春の初めの白い花々が
われらのものになるのだ

3 Tsaraiuki
3 ツラユキ

Was seh ich Helles dort?
Aus allen Gründen Zwischen den Bergen quellen weisse Wolken Verlockend auf,
?die Kirschen sind erblüht!
Der Frühling ist gekommen,wunderbar!

あの向こうに見えるのは何?
山と白い雲の間の大地より差し招く
桜は真っ盛りだ
春がやってきた、素晴らしい春が!


室内楽アンサンブルの伴奏による、和歌3編のロシア語訳による小品です。
ストラヴィンスキーは本当に管楽器の色彩的な扱い方が巧いですね。「印象派音楽」のようなふわっとした繊細さが、妙にエキゾチックな無国籍性(形容矛盾)を示して不思議な味わいです。それぞれ1分そこそこの小品ですが、1曲目はドビュッシーの夜想曲の「雲」を連想させるような、2曲目は管とピアノの速いパッセージに歌が絡む軽快な、3曲目はベルクの曲にそっくりな乾いたロマンが味わい深い曲です。彼の歌曲の最高傑作とはいいませんが、多彩なスタイルを示す彼の作品の中でも面白い曲のひとつだと思います。
で、詩の方は....西洋のものにかぶれているうちに私は日本の伝統文化を忘れてしまったようです(反省)。
1曲目のAkahito は山辺赤人で、歌は百人一首にも入っている有名なやつだと思うのですが
(「雪かと思って庭をみたら白菊の花であったよ」という歌ですが、「置きまどわせる白菊の花」という七七の部分しか覚えてません)、
2曲目のMazatsumi は....わかりません(正純?)。詩は「春が来て、雪が溶けて嬉しいな」(凄い雑な訳!)というものです。
3曲目の Tsaraiuki は紀貫之でしょう(この綴りではツァラトゥストラみたい)。
「あの遠くできらめいているものは何。貴方はなんでもないというけど、この雲のように桜が咲いている中を貴方が訪ねてくる春が私は好きだ」とかいう詩ですが、やはり無教養な私には元歌がわかりませんでした。
演奏はDGの20世紀クラシックシリーズのストラヴィンスキー歌曲集に入っていたBryn-Julson のソプラノ、ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンテンポランのものしか持っていませんが、いい演奏だと思います。
(藤井宏行)1998.07.27

さすがにこの紹介ではあんまりなので、日本の和歌や俳句に付けた歌曲をいろいろ取り上げて今度ご紹介するに当たってこの3曲の元歌を調べてみました。
「置きまどわせる白菊の花」は凡河内躬恒(古今集)の歌で全然別物であることが分かるなどずいぶんと勉強になりました。翻訳を重ねた伝言ゲームの結果ずいぶん元歌から離れてしまっているのが分かりにくい元凶なのかも。
訳と全然違う歌に思えますが...

我が背子(せこ)に 見せむと思ひし 梅の花 それとも見えず 雪の降れれば(山部赤人:万葉集)

谷風に とくる冰の ひまごとに うち出づる浪や 春のはつ花(源當純:古今集)

桜花 咲にけらしな あしひきの山のかひより 見ゆる白雲(紀貫之:古今集)

いずれにしても、これから来る春の情景を歌った美しい和歌3首ではありました。
(2004.1.18付記)

ショスタコーヴィチの日本詩人の詩によるロマンスのことを調べている中で、ハンス・ベートゲの詩集「日本の春」の原詩をネットで見つけることができました。いきなり本居宣長の日本精神のエッセイなんかを持ってきていてインパクト大だったのですが、その中にこのストラヴィンスキーが取り上げているこの3つの詩も入っていました。そこでここでもそのベートゲの詩を取り上げて訳してみることとしました。歌われるロシア語詞とは内容が違う部分もあるようですが(特にアカヒト)、この興味深いベートゲの詩をもっと多くの方に知っていただくことも兼ねてやってみます。

(2006.03.19 訳詩追加)

( 2006.03.19 藤井宏行 )