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日本の笛  


詩: 北原白秋 (Kitahara Hakusyuu,1885-1942) 日本

曲: 深井史郎 (Fukai Shirou,1907-1959) 日本 日本語


1 伊那


信州、伊那の谷、
木瓜(ぼけ)の花盛り。

春蚕(はるご)かへそか、
(春蚕かへそか、)
婿とろか。


伊那は夕焼、
高遠は小焼。

明日は日和か、
(明日は日和か、)
繭売ろか。


桑の夜霜に
ちらつく星は。

夫婦星かよ、
(夫婦星かよ。)
まだ明けぬ。


2 出舟


いよよ別れか、
ばらばら松か、
ここは樫立(かしだて)、
早や泣ける。

八丈八重根の
瀬の瀬の岩よ、
汐の走りを
なぜ堰かぬ。

船の纜(ともづな)
ふつりと切れりゃ、
縁が切れたと、
逃げる気か。

八丈八重根の
後追ひ千鳥。
舟も出たじゃに
なぜ死なぬ。


3 矢部のやん七


矢部のやん七さんに
何買うてあぎゆか。
紅(あか)か手のごひ。
豆しぼり。

矢部のやん七さんに
見せたかもんな、
祇園祭に
菱の花。

矢部のやん七さんが
華魁(のすかい)がよひ、
すゑは河童の
皿かぶり。

矢部のやん七さんよ、
泣こごつごたろ。
高麗鴉(こうげがらす)に、
明けの鐘。

矢部のやん七さんな
馬から来たが、
五嶋の権十どんな
帆で逃げた。

矢部のやん七さんが
嚊(かか)への土産、
メカジヤアゲマキ、
蟹(がね)の味噌。

矢部のやん七さんが
子どもの土産、
ててつぷつぷに
風ぐるま。



1930年代の作品だそうですので、まだ深井も新進気鋭の頃でしょうか。それにしては鮮烈な切り口で日本情緒を切り出してきており、とても聴きごたえのある作品に仕上がっています。ピッコロ、アルトフルート、フルートと、三曲それぞれにピアノに加えて伴奏に参加しているのがインパクトをさらに高めています。
詩は北原白秋の民謡詩「日本の笛《より。この詩集につけた作品では平井康三郎の歌曲集が有吊ですが、この3曲の中では第1曲の「伊那《には平井のつけた作品もあります。
恐らくは信州・伊那で養蚕に従事する女性の労働歌というシチュエーションなのだと思われますが、深井はこれにピッコロを絡ませて、まるで祭囃子に浮かれて踊りまわっているような激しい歌にしています。平井作品ののんびりとした表情とはあまりに対照的なのが面白く聴けるでしょうか。
第2曲は「八丈八重根《とあるのでおわかりのように八丈島を舞台とした歌。白秋の詩集では平井作品の中にある「ぬしは牛飼い《などと同じセクションにある詩です。こちらはアルトフルートでしっとりと、出船の別れを嘆いているような静かな調べです。
最後の「矢部のやん七《、ところどころに出てくる九州訛りで想像がつきますように、白秋の故郷福岡・柳川が舞台の民謡です。矢部というのは柳川に注ぐ矢部川の源流となる福岡でも山の中、そこから降りてきた田舎者のやん七をからかっているような調子の良い歌。これはフルートが伴奏で活躍します。
詩集ではこの詩のあとに「五嶋の権十《という詩があり、これはもちろん長崎の沖の五嶋列島からやってきた男を歌った詩ですけれど、この権十がこのやん七の歌の中にも出てきています。

米良美一さんの歌った「うぐひす《という日本歌曲を集めたアルバム(BIS)で、その鮮烈な演奏を聴くことができます。他に容易に聴くことができるものがないのが残念ですが。
なおこのCDでは最後のやん七の歌、初めの1から3節とひとつ飛んで5節のみが歌われています。
楽譜をみていないのでこれが作曲者のオリジナルかどうかは分からないのですが、ここでは白秋のオリジナルを載せておきます。

( 2010.11.03 藤井宏行 )