Japanischer Frühling |
日本の春 |
1 Heute
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1 今日 (凡河内躬恒)
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Und Laub und Früchte von den Bäumen schütteln Und Blüten knicken,wo er immer weht. Drum,willst du Blüten pflücken, —tu es heute! Vielleicht,vielleicht ists morgen schon zu spät. |
木の実や葉は揺さぶられる そして花も、風が吹けば散ってしまうだろう だから、あなたがもし花を摘みたいならば 今日摘むがよい たぶん、たぶん、あしたでは遅すぎるから |
2 Der Blutenzweig
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2 花咲く枝に (藤原広嗣)
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Nimm diesen Blütenzweig! In jedem Blatte Der zarten Blüten schlummert hundertfach Ein Liebeswort aus unruhvoller Brust. O weise meine Liebe nicht zurück! |
この花の枝を受け取って! 花びらのひとつひとつに百重にも込められている このときめく胸から湧き出でる愛の言葉を おお、私の愛を受け止めて! |
3 Die Weide im Wind
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3 風の中の柳 (詠み人知らず(18世紀))
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Zeigt ihren schlanken Stamm, Wenn der wehende Wind Durch ihre feinen Zweige fährt. Deine schlanken Füsse,meine Weide, Sah ich heute, Da der verliebte Wind Kosend durch deine Kleider fuhr. |
そのほっそりした幹をあらわにする いたずらな風が たおやかな枝を揺らしたときに あなたのほっそりした足を幸運にも 今日覗き見てしまった いたずらな風が あなたの着物の裾を揺らしたときに |
4 An einen Freund
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4 ひとりの友に (凡河内躬恒)
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Du kommst nur,um die Blumen blühn zu sehen Bei meinem Hause. Sind sie erst verwelkt, So weiss ich wohl,dass ich mich Tag für Tag Umsonst nach deinem Kommen sehnen werde. |
あなたは花を愛でようと私の家を訪ねてくるが ひとたび、花が散ってしまうと 私は日に日に感じる あなたが来ることをむなしく待っている自分を |
5 Der Liebeslaut
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5 愛の音 (18世紀、Segawa?)
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Der aus dem ersten Stockwerk kam,mein Ohr: Und das war süss und lieblich wie das Säuseln Der Frühlingsblumen, die um Mitternacht Am More-Flusse ihren Duft verstreun. |
上の階から聞こえてきて私の耳を捕らえた その音は宵闇に映える花のように甘くいとおしく 川の流れに沿って香しい香りを振りまいている |
6 Betrachtung
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6 物思い (伊勢)
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Am Ufer von Naniwas Seebucht seh ich Rohr Mit kleinen Spannen schwanken in dem feinen Windhauch. Gelehnt an deine liebe Schulter,muss ich denken, Ob ich wohl leben könnte,wenn mich das Geschick. Die allerkleinste Spanne Zeit von dir entfernt Zu weilen zwänge, mein zu sehr Geliebter! |
難波の入り江で私は葦をみた 風にそよぎながらざわざわと揺れる葦を あなたの肩にもたれて、ふと思う 私は生きていけるのだろうか? ほんのひとときであっても 運命がこの愛しい人との間を 裂いてしまうことがあったとしても |
7 Leichte Spiel
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7 やさしい獲物 (詠み人知らず)
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Beim milden Duft der Pflaumenblüten Bis in die Tiefen zu betören Durch Liebessang und Flötenspiel! |
梅の花の甘い香りの中で、 心の深い底まで 愛の歌と笛の音を聞かせてしまえば良いのだから |
8 Einsam
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8 孤独 (小野小町)
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Der Blüten holde Schönheit ist entwichen, Der rauhe Regen hat sie ganz zerstört, Indessen ich,zwecklos in diesem Dasein, Einsam den Blick ins Leere schweifen liess. |
花の美しさは消え去ってしまった。 激しい雨が奪い去ったのだ。 私はそんな中、この世に生きていく目的もなく 空虚さだけをぼんやりと眺めていた |
9 Dauer im Wechsel
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9 うつろいの中で変わらぬもの (紀友則)
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Der Kirschbaum stand in Blüten. Schwarz und jung Fiel mir das Haar vom Haupt,indes ich tanzte. Der Kirschbaum stand in Blüten. Frisch und jung Erglänzten sie,—mein Haar war grau geworden. Heut wieder blüht der Kirschbaum. Himmlisch jung Wie immer lächeln seine Blüten nieder,— Mein Haar ward weiss,ich stehe sinnend da. |
桜の花が咲いた。黒々と若々しく 私の髪は額に溢れていた。私が踊るときには 桜の花が咲いた。いきいきと若々しく 花は輝いていた。−私の髪は灰色になったけれど 今日また桜の花が咲いた。 神々しいほど若く その花はいつものように微笑みかける だが白髪の私は、立って物思いに耽る |
アイネムのところでご紹介したベートゲの手になる日本の和歌の翻訳による歌曲は、私の知る限りではもうひとり、ノルウェーの作曲家イルゲンス−イェンセンが書いています。こちらは訳詩集の原題「日本の春《を付けて、主に春の歌を中心に9曲の作曲です。
古今集や万葉集の有吊な歌の他に、江戸時代の読み人知らずの歌も織り交ぜて非常に多彩です。ただ、ご覧頂ければお分かりの通りずいぶんと中身に手を加えていますので原詩にたどり着くのは至難の業。もっともこっちの方が詩も曲も面白いので全部訳を付けてみました。
古語で書かれた和歌の世界も、その心を書き下してみれば今に生きる私たちのものと何も変わらないことがしみじみとよく分かるのではないでしょうか。
音楽の方は、オリジナルが1920年作のピアノ伴奏版ですが、1957年に作曲者自身の手によって管弦楽伴奏版が作られています。オーケストラ伴奏によるベートゲの詩に基づく歌曲集というと、もろにマーラーの「大地の歌《が連想されるところですが、私が聴いての印象はむしろドビュッシーの作品の雰囲気。あまり東洋風の情緒は出さずにどこか遠い国の幻想的なムードを漂わせているのが面白いです。
同じく遠い見知らぬ国としてのアジアを描いた、モーリス・ラヴェルの管弦楽伴奏歌曲集「シェラザード《のような上思議な味わい、怪しいジャポニズムを期待すると肩透かしですが素敵な音楽です。中でもマーラーの大地の歌とラヴェルのマメール・ロワを足して2で割ったようなユーモラスなスケルツォの第7曲Leichte Spiel(やさしい獲物)がとても面白く聴けました。
ノルウェーのNMAというレーベルから出ている、Kringelbornのソプラノ、Jia(中国の人らしい)指揮のNorrkoping交響楽団の伴奏で聴くことができます(もう1枚、Simaxレーベルにも録音があるようです)。
情緒溢れる演奏も素晴らしいですが(ただちょっと大人しめかも)、このCDで目立つのはジャケット、セピアがかったモノトーンの海の風景の前に歌手のクリンゲボルンが立っていて(なかなか美形)、そこに漢字で「春《と書かれているのです。
ジャケットだけでもかなりのインパクトですので興味のある方は是非。
( 2004.03.24 藤井宏行 )