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6 Romansov   Op.73
6つのロマンス

詩: ラートガウス (Daniil Maximovich Rathaus,1868-1937) ロシア

曲: チャイコフスキー (Pyotr Ilyich Tchaikovsky,1840-1893) ロシア ロシア語


1 My sideli s toboj
1 ぼくらはふたりで座っていた

My sideli s toboj u zasnuvshej reki.
S tikhoj pesnej proplyli domoj rybaki.
Solntsa luch zolotoj za rekoj dogoral...
I tebe ja togda nichego ne skazal.

Zagremelo v dali... Nadvigalas’ groza...
Po resnitsam tvoim pokatilas’ sleza...
I s bezumnym rydan’em k tebe ja pripal...
I tebe nichego,nichego ne skazal.

I teper’,v eti dni,ja,kak prezhde,odin,
uzh ne zhdu nichego ot grjadushchikh godin...
V serdtse zhiznennyj zvuk uzh davno otzvuchal...
akh,zachem ja tebe nichego ne skazal!

ぼくらはふたりで座っていた 眠たげに流れる小川のそば
家に帰る漁師の静かな歌声が通り過ぎていった
太陽の光は川の上でたそがれゆく...
そしてきみに ぼくは一言も語りかけなかった

遠くで雷鳴が聞こえた...嵐がやってきそうだった...
きみの頬には涙が流れ落ちていた...
ぼくも激しい涙を流しながら きみを固く抱いた...
でもきみには何も、何も語りかけなかった

今、ぼくはまたかつてのようにたったひとりになって
流れゆく日々にも何の期待もしなくなった...
そしてぼくの心の中からは、後悔の声もずっと前に消え去ってしまっている...
ああ、どうしてきみにあの時何も言わなかったのか?

2 Noch’
2 夜

Merknet slabyj svet svechi...
Brodit mrak unylyj,...
I toska szhimaet grud’,
s neponjatnoj siloj...

Na pechal’nye glaza
tikho son niskhodit...
I s proshedshim v etot mig
rech’ dusha zavodit.

Istomilasja ona
gorest’ju glubokoj.
Pojavis’ zhe,khot’ vo sne,
o,moj drug dalekij!

ロウソクの光は弱々しく消え去り...
恐ろしげな暗闇がやってくる...
そして憂鬱がぼくの胸を締め付ける
計り知れない力でもって...

悲しみに満ちた瞳にも
眠りは静かにやってくる...
そしてこのとき 過去と
ぼくの心は会話をはじめる

心は疲れ果ててしまった
深い悲しみで
出てきてくれよ、せめて夢の中にだけでも
おお、ぼくのはるかな友よ!

3 V etu lunnuju noch’
3 この月の夜に

V etu lunnuju noch’,v etu divnuju noch’,
v etot mig blagodatnyj svidan’ja,
o,moj drug,ja ne v silakh ljubvi prevozmoch’,
uderzhat’ ja ne v silakh priznan’ja!

V serebre chut’ kolyshetsja ozera glad’...
Naklonjas’,zasheptalisja ivy...
No bessil’ny slova! Kak tebe peredat’
istomlennogo serdtsa poryvy?

Noch’ ne zhdet,noch’ letit... Zakatilas’ luna...
zaalelo v tainstvennoj dali..
Dorogaja,prosti! Snova zhizni volna
nam neset den’ toski i pechali!

この月の夜、このすばらしき月夜に、
このすばらしい出会いの時に、
おお、ぼくの友よ、ぼくは恋する心を抑えられないし、
もはや告白を止める力もない!

銀色に 湖の水面が揺れている...
しだれながら、柳は何かささやく...
だが言葉は無力だ!どうやってきみに伝えよう
この疲れ果てた心の衝動を?

夜は過ぎ行く。夜は飛び去る...月明かりは霞んでいく...
神秘的な夜明けももうすぐだ...
恋人よ、ごめんね!また日々の暮らしは
ぼくらに憂鬱で悲しい日々をもたらすだろう!

4 Zakatilos’ solntse
4 日は沈み

Zakatilos’ solntse,zaigrali kraski
legkoj pozolotoj v sineve nebes...
V obajan’e nochi sladostrastnoj laski
tikho chto-to shepchet zadremavshij les...

I v dushe trevozhnoj umolkajut muki
i dyshat’ vsej grud’ju v etu noch’ legko...
Nochi divnoj teni,nochi divnoj zvuki
nas s toboj unosjat,drug moj,daleko.

Vsja ob”jata negoj etoj nochi strastnoj,
ty ko mne sklonilas’ na plecho glavoj...
Ja bezumno schastliv,o,moj drug prekrasnyj,
beskonechno schastliv v etu noch’ s toboj!

日は沈み 新たに染まる
輝く金色に この青空も...
魅惑の宵に 優しい愛撫を受け
まどろむ森は 静かに何かをささやく...

そして乱れていた心の苦悩は静まり
今夜は呼吸も安らかになった...
夜の素晴らしい影が 夜の素晴らしい調べが
ぼくをきみと一緒に連れ去ってくれるんだ、わが友よ、遠くへと

この情熱的な夜に幸せに包まれて
きみはぼくの肩へと頭をもたせかける...
ぼくは狂おしいほどに幸せだ、おお、ぼくの美しい友よ
限りなく幸せだ、今夜きみと一緒で!

5 Sred’ mrachnykh dnej
5 陰鬱な日々に

Sred’ mrachnykh dnej,pod gnetom bed,
iz mgly tumannoj proshlykh let,
kak otblesk radostnykh luchej,
mne svetit vzor tvoikh ochej.

Pod obajan’em svetlykh snov
mne mnitsja,ja s toboju vnov’.
Pri svete dnja,v nochnoj tishi
deljus’ vostorgami dushi.

Ja vnov’ s toboj! - moja pechal’
umchalas’ v pasmurnuju dal’...
I strastno vnov’ khochu ja zhit’ -
toboj dyshat’,tebja ljubit’!

不幸が積み重なるこの陰鬱な日々に、
過去の年月という霞む霧を突き抜けて、
喜びにあふれた光の帯のように、
きみの瞳の輝きがぼくに降り注ぐ。

すてきな夢の魔法によって、
ぼくにはわかる、またきみと一緒にいられるのだ、
輝かしい昼も、静かな夜も
心の喜びを分け合うのだ。

また再びきみと! -ぼくの悲しみは
雲の彼方へと消え去っていく...
そして再び情熱的にぼくは生きたい
きみを呼吸し、きみを愛しながら!

6 Snova,kak prezhde
6 ふたたび昔のように

Snova,kak prezhde,odin,
Snova ob”jat ja toskoj
Smotritsja topol’ v okno,
Ves’ ozarennyj lunoj

Smotritsja topol’ v okno
Shepchut o chem to listy
V zvezdakh gorjat nebesa
Gde teper’,milaja,ty?

Vse,chto tvoritsja so mnoj,
Ja peredat’ ne berus’.
Drug! pomolis’ za menja,
Ja za tebja uzh moljus’!

ふたたび、昔のように、ひとり
ふたたび、悲しみに打ちのめされる
窓からポプラの木がのぞき込む、
月の光に照らされて

窓からポプラの木がのぞき込む
木の葉はやさしくささやいている
星たちが空に輝いている
どこにいるんだ、愛しい人、きみは?

ぼくの身に何が降りかかろうと、
ぼくはそれを語ったりはしない。
恋人よ、ぼくのために祈っておくれ、
ぼくは今きみのことを祈っているのだから!


1892年の夏、まだ学生であったダニル・ラートガウス(Danil Maximovich Rathaus (1868-1937))がチャイコフスキーに宛てて6つの自作の詩を送り、それに曲をつけてもらえないかというお願いをしたのだそうです。
チャイコフスキーはこれらの詩によほど響くものがあったのでしょうか。1曲目と4曲目のスケッチはたちどころに出来上がり、そして残りの4つの詩も含めて6篇すべてに曲をつけることを約束します。こうして1893年に完成したのが彼の最後の歌曲集(であるのみならず彼の完成した最後から2番目の作品)であるこのOp.73です。
今の世でも有名アーティストのところへファンのシロウトさんからへっぽこ詩が送られてきて、「できればこれにあなたの曲を付けてください」なんていうお願いがあり、それに気まぐれから曲が付いて歌われるということもたまにはあるかと思いますが、こうして歴史に残るようなもの(傑作かどうかは議論があるかも知れません)ができるというのは非常に珍しいことなのではないかと思います。
この中でも2・4・6曲はたくさんあるチャイコフスキーの歌曲の中でもよく取り上げられる作品になっており、耳にする機会もかなり多いです。同時期に書かれた彼の最後の作品・交響曲第6番「悲愴」終楽章を連想させる陰鬱な「夜」と、そして彼の最後の歌曲としてとてつもない寂寞感に溢れている「ふたたび昔のように」、そしてそれらと対照的に熱情あふれるピアノが鮮烈な「日は沈み」が絶妙なコントラストをなしているというのもあるのでしょう。CDでもオリガ・ボロディナの録音したもの(Philips)がちょうどこの3曲をOp.73から取り上げてCDの最後に並べています。他の3曲はそれほど取り上げられる頻度も多くなく、私もあまり聴く機会はありません。まとめて曲順に聴けたのはNaxosにある歌曲全集のVol.2のLjuba Kazarnovskayaのソプラノと、ロシアの往年のテノール歌手Georgy Neleppが入れたもの(Great Hall)くらい。Naxosのはちょっと軽めかも知れませんが悪くないです。Neleppのは古いスタイルの歌い方ですがこういうのも面白いかも。

歌詞はアマチュアの作品ということもあり、それほど難解なところもありませんので特に解説の必要はないかと思いますけれども、一言だけ補足しておきますと、ここでの友よ(drug)は恋人への呼びかけです。一部「恋人よ」と訳しているところもあるかと思いますが、基本的に直訳しておりますのでご了承を。
西洋では恋人のことを「友よ」ともよく呼ぶみたいですね。

( 2007.06.02 藤井宏行 )