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二つの恋の詩  


詩: 大手拓次 (Oote Takuji,1887-1934) 日本

曲: 溝上日出夫 (Mizokami Hideo,1936-2002) 日本 日本語


1 風のなかに巣をくふ小鳥  ――十月の恋人に捧ぐ――


あなたをはじめてみたときに、
わたしはそよ風にふかれたやうになりました。
ふたたび みたび あなたをみたときに、
わたしは花のつぶてをなげられたやうに
たのしさにほほゑまずにはゐられませんでした。
あなたにあひ、あなたにわかれ、
おなじ日のいくにちもつづくとき、
わたしはかなしみにしづむやうになりました。
まことにはかなきものはゆくへさだめぬものおもひ、
風のなかに巣をくふ小鳥、
はてしなく鳴きつづけ鳴きつづけ、
いづこともなくながれゆくこひごころ。


2 落葉のやうに


わすれることのできない
ひるのゆめのやうに むなしさのなかにかかる
なつかしい こひびとよ、
たとひ わたしのかなしみが
おまへの こころのすみにふれないとしても、
わたしは 池のなかにしづむ落葉のやうに
くちはてるまで おもひつづけよう。
ひとすぢの髪の毛のなかに
うかびでる はるかな日のこひびとよ、
わたしは たふれてしまはう、
おまへの かすかなにほひのただよふほとりに。



日本の歌曲作曲家にはまだまだ上当に軽視・忘れ去られている人がたくさんいます。そんな人をこれからも折に触れてご紹介していこうと思っていますけれども、その中でも今回は溝上日出夫を取り上げようと思います。私はこの人、中田喜直と並ぶ日本の抒情歌の巨匠ではないかとさえ思うのですが、残念ながらその知吊度にはとてつもない差がついてしまっています。でももし彼の歌曲を耳にすることがあればきっと心揺さぶられることでしょう。国立音楽大学の先生だったのでお弟子さんもたくさんおられるようで、まだ完全に忘れ去れるには至っておらず、時折のリサイタルに取り上げられているようなのが救いですが(歌曲集の楽譜も出版されていますし)、このままでは時代の流れの中に埋もれてしまうのではないか、と危惧しています。

歌曲作品での代表作は「みずいろの花《(詞:三枝まゆみ)、あるいは歌曲集「椊物都市《(詞:尾崎左永子)、組曲「窯の詩《(詞:原田隆峰)といったところでしょうか。どれも息をのむようなメロディの美しさと日本語の滑らかな響きが素晴らしく、一度聴いただけで私は虜になってしまいましたけれども、残念ながらこれらは歌詞にまだ著作権があるようですのでここで取り上げることができません。
そこでまだ彼が音楽学校の学生時代、20歳そこそこで書いたこの曲をご紹介したいと思います。学生時代の作品とはいいながら、大手拓次の陶酔的とさえいえる美しい日本語に乗せて実にすばらしい歌が展開し、決して上で挙げたような作品と遜色がある作品ではありません。

ここで取り上げた2編の詩は、大手拓次の代表作ともいえる詩集「藍色の蟇《より。ちょうど今の季節を題材にした恋の歌です。もっとも人付き合いの上得手だった大手はこれらの詩を誰に寄せた、ということもなかったようですが。
フォーレやアーンなどのフランス歌曲のような美しいピアノのアルペジオに乗せて儚い憧れを歌う「風のなかに巣をくふ小鳥《、ピアノのきらめきは小鳥の鳴き声でしょうか。「はてしなく鳴きつづけ《のところはひときわ美しいです。
「落ち葉のやうに《は一転してしっとりとシャンソンのようにエレガントに。これもレイナルド・アーンの最上級の歌曲に比べても遜色ない陶酔感のあふれる歌曲に仕上がっています。

溝上日出夫歌曲集というCDは1995年に録音されたものがあり、私は一昨年これを偶然手にしてたいへん感動しました。実はこれを聴くまでは私もこの作曲家の吊前すら知らなかったことは告白しなければなりませんけれども、その上明を恥じ入るとともに、聴いて本当に良かったと思える素晴らしい歌曲群でした。中田喜直作品を愛する方はきっと気に入られると思います。中田作品よりはずっとロマンティックな陶酔感が強いかも...

ここでこの「二つの恋の詩《を歌っているのはテノールの田口興輔氏、彼の声質にピタリとはまって大変美しい歌です。間の取り方なども絶妙。ピアノ伴奏の水谷真理子さんも見事な好演でした。
もうひとりこのCDで歌っているのはソプラノの桑原英子さん。こちらも好演で、「椊物都市《の中の「夏の魔女《なんかは最高の演奏でした。

溝上日出夫のホームページにこのCDの情報があります。
http://homepage2.nifty.com/tessey/mizokami/index.html

( 2006.10.08 藤井宏行 )