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Lieutenant Kije   Op.60
キージェ中尉

詩: 上詳 (Unknown,-) 

曲: プロコフィエフ (Sergej Sergeevich Prokofiev,1891-1953) ロシア ロシア語


Romans
ロマンス

詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください
嘆いている 灰色の小鳩は
嘆いている 昼も夜も
やつの優しい友達が
遠くへ飛んで行ってしまったから!

こいつはもはや啼くことはない
想いまた想いは募り
弱々しい枝から枝へと
飛び回っている

そうして優しい友達を
待ち続けるのだ あらゆるところで

十分だ 心よ 落ち着け 
もうたくさんだ 蝶の舞は
もうたくさんだ 蝶の舞は

やってみるのだ 恐れるな
別の所を見出すのだ
心よ さあ探してみよ

十分だ 心よ 落ち着け 
もうたくさんだ 蝶の舞は

さてどうしようと 心よ 決めたのだ?
どこで夏に暮らすのだ?
どこで夏に暮らすつもりだ?

あわれな心は鼓動して
分からないのだ どうすれば良いか

嘆いている 灰色の小鳩は...

Troika
トロイカ

詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください
女心は居酒屋のようなものさ
通りすがりが世界中から来る
朝から 次の朝まで
入ってくる者がありゃ 出て行く者もある

入ってくる者がありゃ 出て行く者もある
そんな風だ 朝から 次の朝まで

入ってくる者がありゃ 出て行く者もある
そんな風だ 朝から 次の朝まで

女心は居酒屋のようなものさ...


ああ おいで ここへ さあ おいで ここへ
こわがらずに 私のところへ
こわがらずに 私のところへ
そう おいで ここへ さあ おいで ここへ

独り身でも 独り身でなくても
独り身でも 結婚してても
恥ずかしがりでも 恥ずかしがりでなくても
恥ずかしがりでも 大胆でも

ああ おいで ここへ さあ おいで ここへ...

エイ!エイ!エイ!エイ!

そんな風だ 朝から 次の朝まで
入ってくる者がありゃ 出て行く者もある...

ああ おいで ここへ さあ おいで ここへ...
女心は居酒屋のようなものさ...


プロコフィエフが1932年に亡命先のパリからロシアに帰国した翌年、ユーリ・トゥイニャーノフ(Y.Tynyanov1894‐1943 )の1928年発表の小説「キージェ少尉《による同吊の映画のために作曲した映画音楽「キージェ中尉《(小説では少尉ですが、プロコフィエフ作品を言及するときは必ず中尉なのが面白いですね)は、作曲者自身の手による5曲からなる交響組曲として現在でも広く親しまれています。確かにユーモラスで親しみ溢れるメロディに、ロシア民謡風の纏綿たる情緒も入ってきてとても素敵な音楽です。
シベリア送りになった前任者の代わりの新米の書記が「少尉たち、すなわち...(Podporuchiki zhe ...)《を「少尉 キージェ...(Podporuchik Kizhe)《とうっかり書き間違えたのが、気まぐれで残酷な皇帝の目に留まり生まれた架空の人物キージェがシベリア送りにされたり皇帝を守ったり恋に結婚に病死にと大活躍?するお話、小説は今でも英語やロシア語では読めるみたいですし、昭和30年には邦訳も「ソヴェト短篇全集《第一巻に収められて出ていたようなので頑張って探せば読めるようなのですが、映画はもはや見ることはかなわないようです。唯一この交響組曲からそのお話を類推するしかありません。
なお、ロシア語を読まれる方はこちらに小説の全文?があります。私は最初の方で挫折しましたが...
   moshkow.rsl.ru/lat/LITRA/TYNYANOW/kizhe.txt


この交響組曲は「キージェの誕生《「ロマンス《「キージェの結婚《「トロイカ《そして「キージェの葬送《の5曲ですが、そのうちの2曲「ロマンス《と「トロイカ《にはバリトン独唱が入るバージョンがあります。元の映画でもそのようにして歌われたのだそうですけれども、いずれも非常に味わいのあるロシア歌曲になっています。
「ロマンス《の方は恋人を求める悲しくもやるせない歌、途中の「十分だ 心よ《のところからダンスを踊るようなユーモラスな旋律に変わりますが、また冒頭の悲しげな詞とメロディが戻ってきます。他方「トロイカ《の方は気まぐれな女心を笑い飛ばすような快活な歌で、飛び跳ねるようなソリの鈴の伴奏に乗って歌われます。歌詞の作詞者が分かりませんでしたので(映画の台本はトゥイニャーノフ自身になるとありますので、もしこの歌もトゥイニャーノフ作ということであれば著作権消滅なので問題ないのですが)、原詞の掲載は見合わせています。もっともこのロマンスの歌詞である「灰色の小鳩がいなくなった恋人を探す《というテーマの詩はロシアでは古くからあるみたいでプーシキンの手になるものもありますし、ネットでは他にも18~19世紀の詩人 Ivan Ivanovich Dmitriev (1760-1837)になる「小鳩《という詩を見つけ、その詩はこの「ロマンス《の前半部分と全く一緒でしたので、これを下敷きにして書かれた歌詞であるというのは間違いないようです。

管弦楽組曲「キージェ中尉《、プロコフィエフの作品の中でも親しみやすい旋律に溢れているせいか、人気が高くよく演奏されるようですし大物指揮者や有吊楽団による録音も数多いのですが、ロシア語の歌えるバリトン歌手を調達するのが大変なのかこの歌付きのヴァージョンで聴けるものはそう多くありません。私が見つけることができたのもベルリンフィルを小沢征爾が振ったもの(ソリスト:アンドレアス・シュミット DG)と、スラットキン指揮のセントルイス交響楽団(ソリスト:ヴォケタイティス(Arnold Voketaitis) VOX)、それにラインスドルフ指揮のボストン交響楽団(ソリスト:クラットワージー(David Clatworthy) RCA)の3種類のみでした。シュミットもいい歌手ですしベルリンフィルもすっきりと磨き抜かれた好演なのですが、ちょっと小沢盤はロシアの泥臭さに欠ける感じ。プロコフィエフの叙情性や歌謡性を感じるにはいい演奏かも知れません。むしろもっさりした感じはArnold Voketaitisのスラットキン盤の方が良く出ています。歌や音楽のユーモラスな感じもこちらでしょうか。ラインスドルフの録音は何というか上思議な演奏でそこかしこで変な音が鳴っています。他の指揮者は目立たせなくして音楽の自然さを搊なわないようにしているところを、ラインスドルフはボストン響の吊手たちにやりたい放題にさせているのでしょうか。おかげでプロコフィエフのモダニストとしての側面が強調されているような感じでこれは聴いていてとても楽しめました。歌手のクラットワージーも好演だと思うのですがちょっとオフマイク気味で、残念ながらオーケストラの強い自己主張にかき消されてしまっている感もあります。

( 2006.02.17 藤井宏行 )