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Der König in Thule    
 
トゥーレの王  
    

詩: ゲーテ (Johann Wolfgang von Goethe,1749-1832) ドイツ
    Faust Teil 1(ファウスト 第1部 1806) 11.Abend (夕べ) Es war ein König in Thule

曲: ディーペンブロック (Alphonsus Johannes Maria Diepenbrock,1862-1921) オランダ   歌詞言語: ドイツ語


Es war ein König in Thule,
Gar treu bis an das Grab,
Dem sterbend seine Buhle
einen goldnen Becher gab.

Es ging ihm nichts darüber,
Er leert' ihn jeden Schmaus;
Die Augen gingen ihm über,
So oft er trank daraus.

Und als er kam zu sterben,
Zählt' er seine Städt' im Reich,
Gönnt' alles seinem Erben,
Den Becher nicht zugleich.

Er saß bei'm Königsmahle,
Die Ritter um ihn her,
Auf hohem Väter-Saale,
Dort auf dem Schloß am Meer.

Dort Stand der alte Zecher,
Trank letzte Lebensgluth,
Und warf den heiligen Becher
Hinunter in die Fluth.

Er sah ihn stürzen,trinken
Und sinken tief in's Meer,
die Augen thäten ihm sinken,
Trank nie einen Tropfen mehr.

昔トゥーレに王様がおりました
奥様思いの方でしたが
形見に金の杯を残し
奥様は先立たれてしまいました

この大切な杯を
すべての宴で王様は使いました
そしてこれで酒を飲めばいつも
目からはとめどなく涙が溢れました

死を前にして王様は
王国の都市を数え上げ
すべての資産を王子に譲りました
大事な杯だけを手元に残して

世継ぎを祝う祝宴を
海辺の城で開きます
祖先を祭るその部屋に
騎士たちはたくさん集まりました

老いた王様はそこに立ち
最後の命の火を飲み干して
そして形見の杯を
波の底にと投げ込みました

ゆらゆらと沈み、消えてゆく
杯を見届けた王様は
やがて静かに目を閉じて
二度と酒を口にすることはありませんでした


「ファウスト」の一場面でマルガレーテが永遠の愛に憧れて歌う物語詩で、非常に美しい夫婦の愛を描いています。森鴎外をはじめ錚々たる名訳があるので、こんな拙い訳をするのも恥ずかしいのですが、こういう詩だからこそチャレンジのし甲斐もあるということで、純真な娘がお伽噺でもつぶやくような感じで訳してみました。最後は王様も妻のもとへ旅だっているのだと思いますが、死んでしまったということは詩の言葉の中には一言もないので、ここをどう表すかが難しいところです。

この詩にも、シューベルトをはじめ色々な人が曲を付けていますが、ここはひとつオランダの作曲家ディーペンブロックのものをご紹介しましょう。彼はマーラーと同時代の人で、マーラーにかなり影響を受けているといわれており、シャイーがアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したマーラーの交響曲のCDに組み合わせて彼の管弦楽作品などを紹介したりしています。歌曲もたくさん書いているようで、NM Clasicsというレーベルから第3集までCDがリリースされていまして、これはその第1集に収録された比較的初期の作品のようです。彼の歌曲はマーラーの歌曲のような民謡調ではなく、ベルクやツェムリンスキーの歌曲に近い感じの作品が多いのですが、結構聴き応えあります。いや、この曲はむしろブラームスの後期の作品を思わせる渋みと、杯を海へ投げ捨てる時の感情の高まりが、王が息を引き取るところで静かに終わる余韻が聴き物でしょうか?立派な物語詩のバラードになっています。

ディーペンブロックで面白いのはオランダという地の利からか、このようなゲーテ、あるいはハイネの詩に曲を付けているかと思うと、フォーレの歌曲でおなじみのフランスの詩人ヴェルレーヌの「月の光」「マンドリン」「ひそやかに」にも曲を付けていたりと、非常に多国籍の作品群となっていることです。この曲はメゾソプラノのVan Nesによって歌われていますが、他にもテノールのPregardien、ソプラノのR.Alexander、バスのR.Hollとオランダゆかりの名歌手たちの競演で(伴奏もオランダゆかりのR.Jansenです)なかなか楽しいアルバムに仕上がっています。

( 2003.03.24 藤井宏行 )


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