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勝ちぬく僕等小国民    
 
 
    

詩: 上村一馬 (Uemura Kazuma,-) 日本
      

曲: 橋本國彦 (Hashimoto Kunihiko,1904-1949) 日本   歌詞言語: 日本語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください


この夏に特集してみた日本人と戦争にまつわる歌、最後を何にするかで私のスタンスが決められてしまうような気もしますので熟慮の末、太平洋戦争も末期のこの歌を取り上げることにしました。率直に言いまして太平洋戦争当時のこんな歌は私も嫌いです。聴いていてもいたたまれなくなってしまうのです。でもそれは例えていえば、自分の親が自分を食わせてくれるために、会社命令でえげつないことをしているのを偶然に街で目にしてしまったような居心地の悪さ。潔癖な人は「お父さんなんか大嫌い」と言って家出でもなんでもするのでしょうが、私はそこまでドライにはなれません。スネ齧りでいるうちは批判でも非難でもなんでもしたい放題でしょうが、自分がいざ家族を養うとかいう立場になった時にクビをかけてでも信義を通すことができるのか?
そういう想像力を働かせると、今の目からはとんでもないように見えるこの当時の歌からにじみ出てくる悲しみや、時代が変わって当時の作者たちがこれらをなかったことにしたくなるような気持ちは私は痛いほど分かりますので(じゃあ取り上げるな、という声が聞こえてきそうですが)、浅薄な批判は自分自身がみっともなく思えてできないのです。

それでもこの歌の恐ろしいところは、今でいえば小学生にあたる年齢の子供たちに歌わせるために作られた曲であるということ。にもかかわらず歌詞は言葉に尽くせないほど凄まじいのです。

  勝ちぬく僕等少国民
  天皇陛下の御為に
  死ねと教えた父母の
  赤い血潮を受けついで
  心に決死の白襷(たすき)
  かけて勇んで突撃だ

1番だけ引用させて頂きましたが、以下2番では神社での必勝祈願で敵をたくさん切り殺す力をつけようと祈り、3番では大和魂で敵艦に体当たりし沈めて見せると、4番では戦死した英霊から「次は君らだ たのんだぞ」という声を聞き、そして最後の4番には僕達が後に続き、陸海軍に入って敵の本土に日の丸を立てるのだ、と絶叫するかのように歌われるのです。いつもは軽快で心に残るメロディを書いている橋本国彦も、ここでは他の戦時歌謡のように悲壮感あふれるステレオタイプの音楽を作り、歌わせていることも大変な違和感。とにかく先の戦争に関わって作られた歌の中でも聴いていて耐えがたい気持ちになってしまう点ではダントツの音楽です。

藍川由美さんの橋本国彦歌曲集に収められていたのを聴いたのが私がこの歌を初めて知ったきっかけですが、それよりも昭和も50年代、コロムビアゆりかご会の児童合唱によって当時そのままに歌われたこの曲の録音を今回聴いたときの戦慄。まだ小学校低学年くらいの子供たちがこんな歌詞の歌を淡々と歌うのを聴くだけでも茫然自失です。あまりのことに言葉もありません。

子供たちにまたこんな歌を歌わせないような世界をどう作るのか?私も愛国心教育というものを決して否定的に考えている者ではないですが、他者への憎しみから導かれるような愛国心なんかを育もうとすることは勘弁して頂きたいです。それが私が先の戦争から感じた一番大きなこと。追い詰められて余裕をなくしていたということもあるのでしょうが、明治の頃のおおらかな愛国心がこうも変貌し得るものだ、ということは今回の「近代日本史をたどる」中で痛いほど実感されました。

( 2005.08.15 藤井宏行 )


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