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旅愁    
 
 
    

詩: 岩田九郎 (Iwata Kurou,1891-1969) 日本
      

曲: 大中寅二 (Oonaka Toraji,1896-1982) 日本   歌詞言語: 日本語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください


NHK「みんなのうた」の前身は古く昭和12年に遡り、藍川由美さんが録音している「国民歌謡〜われらの歌〜国民合唱」(Denon)で紹介されているような曲が同名のラジオ番組で当時流されたのが始まりだといいます。「春の唄」や「椰子の実」のように今に残る抒情的な歌もあれば、「出征兵士を送る歌」や「隣組」といったタイムリーな時事ソングやキャンペーンソングもあればという具合に曲も多彩ですし、作詞に関わった人も島崎藤村、西条八十、城左門、大木淳夫、木下杢太郎...、作曲も古関裕而・山田耕筰・大中寅二・江口夜詩・橋本国彦・信時潔...とこちらも大変多彩なメンバーです。
現在の「みんなのうた」も、作詞作曲に(最近は映像にも凝るようになったので映像作家にも、あともちろん歌手にも)あっと驚くようなビッグネームの組み合わせを持ってくる企画がよくありますが、そのはしりは既にこの時代にもあったということでしょうか。
藍川さんの録音で聴くとそれぞれの作家の個性が色濃く出ていてどれも大変興味深かったのですが、私が改めて素晴らしいことを教えて貰ったのは大中寅二の歌曲。彼の作品でこの番組から唯一後世に残ったともいえる「椰子の実」(詞:島崎藤村)ももちろん素晴らしいのですが、このCDに収録されていた私は初めて聴く「旅愁」や「白百合」の息を呑むような美しさは感動的です。「白百合」(詞:西条八十)は以前紹介した「婦人従軍歌」の昭和版といった趣の従軍看護婦たちの歌ですが、時代が新しくなった分情景描写などがだいぶ生々しくなりました。けれどもその生々しさを和らげる大中の讃美歌のような穏やかなメロディはこの歌をとても印象深いものにしてくれています。まさにクリスチャンであり教会のオルガニストであったという彼の面目躍如たる作品。が、それ以上に素敵だったのはこの「旅愁」という曲。
「旅愁」といえば、犬童球渓の詞になるアメリカのオードウェイの「ふーけゆく あーきのよー」を思い出す方が多いところですが、こちらの旅愁は国文学者の岩田九郎の手になる日本海の旅。芭蕉の有名な句「荒海や佐渡に横たふ天の川」を歌の最後に織り込んで、しみじみとした旅の寂しさを歌っています。「白百合」の方は美しいとはいえ歌詞に戦争の影が見えますから戦後歌われなくなっても仕方ないのかも知れませんけれども、この「旅愁」はそんな戦争を歌った歌では全くありませんし、「椰子の実」に勝るとも劣らない名曲だと私は思います。なんで忘れられてしまったのでしょうかね。

オリジナルの歌唱は増永丈夫、といわれてもピンとこない人の方が多いかも知れませんが、「丘を越えて」や「青い山脈」でおなじみ、藤山一郎の本名です。音楽学校出身の彼は、歌謡曲を歌うときは芸名の藤山一郎で、そしてクラシック歌曲を歌うときは本名で、というこだわりがあったのだとか。クラシックとその他の音楽を露骨に差別するのは西洋崇拝の悪しき伝統と思えなくもないですが、確かにこれは日本歌曲の傑作のひとつになってもおかしくない曲だと私も聴いていて思いましたから、彼も本名で吹き込もう、と考えられたのかも知れません。

藍川さんの録音ではこの大中作品は「椰子の実」「白百合」「旅愁」の3曲が聴けます。とても素敵です。ただ唯一残念なのは大中寅二がこの放送のために書いたのは全部で4曲あったのだそうですが、そのうちの残り一曲「牡蠣の殻(詞:蒲原有明)」が入っていなかったことです。これは二葉あき子や東海林太郎の復刻盤に収録されているようなのでぜひ探して聴いてみたいものです。

( 2005.08.05 藤井宏行 )


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