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姫百合の歌    
 
 
    

詩: 小宗三郎 (Komune Saburou,1916-2001) 日本
      

曲: 民謡/作曲者不詳 (Folksong,-)    歌詞言語: 日本語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください


沖縄戦の悲しい逸話、ひめゆり挺身隊のことを歌った歌を「ひめゆりの塔」に続いて今度は沖縄側から取り上げてみましょう。これは作曲は1966年と新しいですが、三線を爪弾きながらしみじみと歌う琉球島唄の作品です。つまりぶっちゃけて言えば民謡なのですね。
第二次世界大戦後になっても新しい民謡が次々と生まれてくるのが沖縄というところの面白い文化だと思うのですが、まあ本土でも現在民謡として良く歌われている作品はほとんど明治〜昭和のはじめにかけて作られたもの(炭坑節なんかがそんなに古いものでないことは詞をみれば一目瞭然ですよね)ですから、そんなに琉球が特異というわけでもないのだと思います。最近でもTVアニメの世界では、夏は「おじゃ魔女ドレミ音頭」だとか「クレヨンしんちゃん音頭」(あるのか?)なんて風に新しい民謡(と呼んで良いのだろうか?)が生まれているわけで、生活の中に根ざした音楽がどのようなものであるかのありようが微妙に本土と沖縄で違っていることなのかな、という気がしています。ただJポップのアーティストたちも日本民謡はほとんど見向きもしないのに、琉球の民謡(島唄)はやたらと取り上げたがる、という傾向にあるのは非常に興味深いことでもあります。どなたか分析してくれませんか...

さて、この沖縄の姫百合の歌、一から十までの数え歌になっていて悲劇の女子高生たちの悲しい運命を歌い紡いでいきます。とはいえ激しいドラマがあるわけでも悲しみの叫びがあるわけでもなく、ただ淡々と優しい三線の響きに乗って歌われていくのが却ってじんわりと悲しい唄です。作詞の小宗三郎(1916〜2001)は沖縄の歌芝居などに関わられた方のようで、調べてみると人情歌劇「浜に咲く花」の主題歌「白浜節」の作者としての方が有名なようです。作曲者は結局分かりませんでしたが、それこそが民謡たる所以でしょうか。

こんな歌ですから、島唄の大御所・嘉手刈林昌の飄々淡々たる歌声は見事にはまっていて聴かせてくれます。私はこの嘉手刈林昌さんの良さを彼が存命中には全然理解できなかった大うつけ者ですが、確かに表面的にドラマを作るわけでもなく感情をむき出しにするでもなく歌う彼のスタイルは、ある程度沖縄島唄を聞き込まないと理解できないような気がします。
私が聴いたのはJVCにある世界の民族音楽のシリーズにある「沖縄しまうたの真髄」というアルバム。世界中の様々な音楽を伝えるラインナップにこの嘉手刈さんが入っているのも凄いことではあります。初めはピンとこないかも知れませんが(私もそうでした)、じっくり聴き込む毎に味わいが深まってきます。

  広く知られた沖縄の              
  犠牲になった女学生                 
  姫百合部隊の物語
  物語              

という歌詞で始まり、2「二筋忠孝胸に抱き」、3「御国の郷土を守らんと」、4「よその見る目もいじらしく」、5「いつか敵は上陸と」、6「無理に心を励ませど」、7「泣いても泣けぬ銃を取り」、8「焼けて飛び散るわが郷土」、9「根気も意地も尽き果てて」、そして最後に10「とうとう玉砕姫百合は」、とひとつひとつ数えながら物語は進んでいきます。

先日の尼崎のJRの事故でも、若い方たちがたくさん亡くなっていて衝撃でした。この沖縄戦でのひめゆり挺身隊では、500名を超える16・7・8歳の高校生たちがある者は殺され、ある者は自決してほとんど生存者はいなかったという...

想像力を広げるととんでもない恐ろしいことだと分かるのですが、歴史に埋もれていく中で「退屈」というリアクションも出てきてしまうのでしょうか。
いろいろなことを考えさせられる入試問題のニュースではありました。

( 2005.07.01 藤井宏行 )


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