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Happy Land    
 
よい土地ござります  
    

詩: 不詳 (Unknown,-) 
      

曲: 民謡/作曲者不詳 (Folksong,-)    歌詞言語: 英語


There is a happy land,
Far,far away,
Where saints in glory stand,
Bright,bright as day.

よい土地ござります
たいそう遠方
聖人栄耀に立つ
日の出のよう

不動産屋の広告じゃありませんよ。これは明治になって解禁されたキリスト教の讃美歌として古くも明治5年、横浜の居留地で最初に日本語訳が付けられて歌われた”Happy Land”というアメリカの子供向け讃美歌の歌詞だといいます。
しかもこれが記録に残っている経緯が凄い。欧米諸国の圧力により仕方なく布教は認めたものの、天皇中心にまわる国造りを目指していた政府にとってはキリスト教の動向は非常に気になる存在でした。そこで政府はこのキリスト教会にスパイを送り込み、宣教師や信徒の動向を探らせたのですが、そのスパイからの報告として残っているのがこの歌詞だというのです。
現在でもこの“Happy Land”、「あまつみくにの」という題の賛美歌(第420番)として残っているようです。

とこんなエピソードも織り交ぜて、まるで推理小説のように日本の唱歌のルーツを探っている安田寛氏の好著「唱歌と十字架」(音楽の友社)は、私には日本の近代史を探るシリーズを続けていく上でも読んでいて非常にスリリングな本でした。
確かに西洋の文化、特に音楽のようなものを導入しようとすると、そこに抜きがたく結びついたキリスト教の影響を全く切り離して受け入れることはまず不可能な話。
明治の初めの文部省における洋学派と儒学派の主導権争いなども絡めつつ、日本の唱歌教育制度確立に大きな貢献をした文部官僚の伊澤修二や、お抱え外国人のルーサー・ホワイティング・メーソンの活動が詳しく描かれていて、300ページを超える本なのですが一気に読めました。キリスト教の影響が入ってくるという副作用を覚悟しながらも日本の教育の近代化の方向性を打ちたて、日本の唱歌の誕生に大きな役割を果たした意外な立役者の名前が推理小説の真犯人よろしく最後に突き止められて明かされますが、それをここで明かす野暮はやめておきましょう。ぜひ皆さんお読みになってください。

実はこの讃美歌「よい土地ござります」、日本で最初に編纂された小学唱歌集(明治14年)でも、第14曲の「春のやよひ」と第15曲「日の本」の曲としてメロディが取り上げられているというのです。この曲集、他にも有名な(ルソー作曲と伝えられる)「むすんでひらいて」の原曲「みわたせば」なども収録されているのですが、この「みわたせば」も含めてその多くが実はアメリカなどでは讃美歌としても歌われているものなのだそうです。
(国会図書館のサイトのディジタル・アーカイブでこの小学唱歌集は閲覧できます。楽譜も載っていますのでぜひご確認ください。日本で最初の唱歌のテキストでしょうか)
洋楽とキリスト教、この時から実は密接に絡まり合って日本の近代音楽をリードしてきたのだそうで、この本で指摘されていて私もびっくりしたのですが、日本の明治〜大正期の作曲家の多くがクリスチャン、またはキリスト教に関係の深い人だということ。納所弁次郎・岡野貞一・大中寅二・滝廉太郎...
この本の主張のように、積極的にキリスト教の影響を唱歌教育に忍び込ませようという動きがあったのかどうかは分かりませんが、結果的にキリスト教の影響が及んだのは紛れもない事実だと私も思います。そうでなければ、明治の初めにあれだけキリスト教を忌避していた日本人が、今呑気にクリスマスなんてお祝いをしてるはずがない。

ちなみにこの「よい土地ござります」の元歌“Happy Land”を検索してみたらアメリカのサイトで、この曲はローラ・インガルス・ワイルダーの小説「大草原の小さな家」でよく取り上げられている讃美歌だ、と紹介しているところがありました。
そのサイトにあるMIDIを聴いてみると、なるほど国会図書館のサイトでみた楽譜の唱歌「春のやよひ」と同じメロディ...
(ひとときNHKでいやというほど放映されていたこのTVドラマの中でも歌われていたのでしょうか?)


「春のやよひ」、慈円法師作と伝えられる有名な今様の節で、私も今までは「越天楽今様」のメロディで聴きなじんでいましたので、そんなのがこんなシンプルな洋楽の旋律に付けられて歌われていたというのはとても不思議。しかもその元歌が讃美歌だとは...

春のやよひの あけぼのに
四方のやまべを 見わたせば
はなざかりかも しらくもの
かゝらぬみねこそ なかりけれ

はなたちばなも にほふなり
軒のあやめも かをるなり
ゆふぐれさまの さみだれに
やまほとゝぎす なのるなり

秋のはじめに なりぬれば
ことしもなかばは すぎにけり
わがよふけゆく 月かげの
かたぶく見るこそ あはれなれ

冬の夜さむの あさぼらけ 
ちぎりし山路は ゆきふかし
こゝろのあとは つかねども
おもひやるこそ あはれなれ

( 2005.08.27 藤井宏行 )


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