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Come up from the Fields,Father    
  Four Walt Whitman Songs
畑から上がっておいでよ お父さん  
     4つのホイットマン歌曲

詩: ホイットマン (Walt Whitman,1819-1892) アメリカ
    Leaves of Grass - 22.Drum-Taps 14 Come Up From The Fields Father

曲: ワイル (Kurt Weill,1900-1950) ドイツ→アメリカ   歌詞言語: 英語


Come up from the fields, father, here’s a letter from our Pete;
And come to the front door, mother-here’s a letter from thy dear son.


Lo,’tis autumn;
Lo,where the trees, deeper green, yellower and redder,
Cool and sweeten Ohio’s villages, with leaves fluttering in the moderate wind;
Where apples ripe in the orchards hang, and grapes on the trellis’d vines;
(Smell you the smell of the grapes on the vines?
Smell you the buckwheat, where the bees were lately buzzing?)

Above all,lo,the sky,so calm, so transparent after the rain, and with wondrous clouds;
Below,too,all calm,all vital and beautiful-and the farm prospers well.


Down in the fields all prospers well;
But now from the fields come,father-come at the daughter’s call;
And come to the entry,mother-to the front door come,right away.

Fast as she can she hurries-something ominous-her steps trembling;
She does not tarry to smoothe her hair, nor adjust her cap.

Open the envelope quickly;
O this is not our son’s writing, yet his name is sign’d;
O a strange hand writes for our dear son-O stricken mother’s soul!
All swims before her eyes-flashes with black-she catches the main words only;
Sentences broken-gun-shot wound in the breast, cavalry skirmish, taken to hospital,
At present low, but will soon be better.


Ah, now, the single figure to me,
Amid all teeming and wealthy Ohio, with all its cities and farms,
Sickly white in the face, and dull in the head, very faint,
By the jamb of a door leans.

Grieve not so, dear mother, (the just-grown daughter speaks through her sobs;
The little sisters huddle around, speechless and dismay’d;)
See, dearest mother, the letter says Pete will soon be better.


Alas, poor boy, he will never be better, (nor may-be needs to be better, that brave and simple soul;)
While they stand at home at the door, he is dead already;
The only son is dead.

But the mother needs to be better;
She, with thin form, presently drest in black;
By day her meals untouch’d-then at night fitfully sleeping, often waking,
In the midnight waking, weeping, longing with one deep longing,
O that she might withdraw unnoticed-silent from life, escape and withdraw,
To follow, to seek, to be with her dear dead son.

畑から上がっておいでよ お父さん ピートから手紙がきたよ
お母さんもドアのところに来たら? 愛しい息子からの手紙だよ


ほら もうすっかり秋よ
見て 木々は深い緑や 黄や赤に色付いてる
やさしい風は木の葉を揺すり このオハイオの田舎もめっきり涼しくなった
熟れたリンゴやブドウは畑にたわわに実っている
(兄さんにはこのブドウの香りがかげるかしら?
夏にミツバチでにぎやかだったソバの香りが分かるかしら?)

なかでもほら 雨上がりの空はとても静かで 澄んで 綺麗な雲
地上もみな静かで 生き生きとしていて-今年の畑も豊作よ


下の畑も実りは豊か
でもそろそろ上がってきたら父さん-娘がこんなに呼んでるのに
母さんも早くおいでよ-玄関まで ねえ早く

急ぎ足で母はやってくる-何か良くないことかも-足が震えてる
髪を整える暇もなく 帽子をかぶり直すゆとりもない

さあ 早く封を切ってよ
おや これはうちの息子の字ではない 署名は息子の字だけれど
見慣れぬ筆跡が息子の代筆を-おお 母は打ちのめされる
彼女の目の前は涙ににじみ-真っ暗になり-字もとぎれとぎれ
弾を胸に-騎兵隊-病院へ
今は良くないが-すぐに回復します


ああ 私は今たった一人の人をみる
こんなに豊かなオハイオの町や村の中で
その人はいまや顔面蒼白 頭は真っ白で気を失いそうに
戸口の柱にもたれかかる

母さん そんなに悲しまないで (成人したばかりの娘がすすり泣きながら言う
幼い妹たちは寄り集まって ただおろおろとしてるだけ)
ねえ お母さん 手紙にはピートは良くなると書いてあるのよ


ああ でも若者は回復することはないのだろう (回復する必要もないかもしれない 天に召される勇敢で純真な魂は)
家族が戸口に集まっているとき 彼はすでに死んでいる
ひとり息子が死んでいるのだ

でも母親には良くなってもらわねばならぬ
その痩せた体に黒衣をまとい
昼間は食事には手を付けず-そして夜には浅い眠りにしばしば目覚め
真夜中に目覚めれば 涙に暮れて願うのはたった一つのこと
おお 人知れず消え去ってしまうこと-この人生から静かに
そして亡くした最愛の息子を追い、捜し求め、そして一緒にいることを


アメリカにとって歴史上最大の死傷者を出し、今も深いトラウマとなっている南北戦争について膨大な数の詩を書いたのがウオルト・ホイットマン。南北戦争時には看護兵として従軍をしており、彼の代表作「草の葉」の真ん中あたりのセクション「軍鼓の響き」にたくさんの戦争に関わる詩を書き残しています。そこでは様々な角度から南北戦争の人間模様を詠み込んでいますが、中でも慄然とさせられたのはこの詩、内容はお読み頂ければお分かりの通りです。最愛の肉親を失ったものの慟哭が聴こえてくるようです。
以前ご紹介したスティーブン・フォスターの「ラリーのお別れ」と合わせて読むとひときわ心を揺さぶられます。

この曲をまるでシューベルトやレーヴェの作ったような見事な歌物語(バラード)にしているのが、20世紀屈指の大作曲家(と私は呼びたい)クルト・ワイルです。彼はホイットマンのこの「軍鼓の響き」から印象的な4編を取り上げて歌曲にしていますが、その中の1つがこれです。反骨精神溢れる彼は、アメリカに渡ってからもミュージカルの世界で反戦や差別問題などの重たいテーマの作品を次々と発表していたりしましたが、第二次世界大戦のさなかや直後にこんな作品を作っていたとは...

のどかなオハイオの農村、「ほら もう秋よ」の部分では音楽も穏やかに、アメリカの秋の美しい情景を表しているのですが、戦争に行っている若者ピートの妹のひとり語りはどこか不安げです。そして手紙が読まれているあたりから音楽は早く、動悸する母の心を表すかのよう、そして最後の悲嘆まで、表情が多彩に変わる歌物語は戦争の冷酷さを見事に表しているといえましょう。

印象的な名曲だと思うのですが、「3文オペラ」のドイツ時代のシニカルな作品や、ジャズ・スタンダードになったアメリカ時代のミュージカルナンバーなどに比べると冷遇されてほとんど録音がないのが残念です。Kochにあるウォルフガング・ホルツマイヤーのバリトンのCDは今や恐らく入手困難、ORFのトーマス・ハンプソンの歌もCDは廃盤のようですが、こちらは彼の公式サイトで聴くことができます。
私の手持ちはArabesqueレーベルにあるキムブロウのバリトンによるピアノ伴奏。レーヴェあたりの歌物語を連想させてこれはなかなか面白いですが、上の2枚の管弦楽伴奏の方が雄弁ですので、こちらの方がはじめて聴く分には良いかも知れません。ぜひハンプソンの公式サイトでも訪ねて聴いてみてください。歌詞を眺めながら聴くとしんみりとしてしまうこと請け合いです。
そしてできれば、「草の葉」のこのセクションの他の詩も読んでみてください。戦争時代を生きた社会派詩人の言葉はとても含蓄に満ちていますから。

( 2005.05.25 藤井宏行 )


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