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結婚    
 
 
    

詩: 山之口獏 (Yamanokuchi Baku,1903-1963) 日本
      

曲: 中田喜直 (Nakada Yoshinao,1923-2000) 日本   歌詞言語: 日本語


詩は僕を見ると
結婚々々と鳴きつゞけた
おもふにその頃の僕ときたら
はなはだしく結婚したくなつてゐた
言はゞ
雨に濡れた場合
風に吹かれた場合
死にたくなつた場合などゝこの世にいろいろの場合があつたにしても
そこに自分がゐる場合には
結婚のことを忘れることが出来なかつた
詩はいつもはつらつと
僕のゐる所至る所につきまとつて来て
結婚々々と鳴いてゐた
僕はとうとう結婚してしまつたが
詩はとんと鳴かなくなつた
いまでは詩とはちがつた物がゐて
時々僕の胸をかきむしつては
箪笥の陰にしやがんだりして
おかねが
おかねがと泣き出すんだ



中田喜直の歌曲のひとつの美点は、詩人の選択がたいへん幅広く、しかもその多くが詩人の美質をうまく引き出した美しいうたになっていることでもありましょう。この沖縄出身の漂泊の詩人、貧しさに苦しみながらもそれを笑い飛ばすかのようなユーモラスな詩をたくさん残したユニークな才能、山之口獏の詩につけた歌曲というのは極めて少ないようですが、そのひとつがこの中田喜直作品です。
貧乏の中でも結婚に憧れ、湧き出てくる詩のミューズのテーマも結婚のことばかり、とうとう詩人は結婚を敢行してしまいます。そして結婚してしまったとたん、ミューズは別のうたを歌いだす...
山之口獏の飄々とした詩に、メンデルスゾーンの結婚行進曲をパロった伴奏も取り混ぜながら、中田もウィットに富んだメロディを付けました。若くして亡くなったバリトン・立川清登の名唱が聴けますが、ほかにはあまり録音もないような...でも最近この山之口獏の詩の再評価が進んできている折、もっと取り上げられても良い歌だと思います。

と、今回この曲を取り上げたもうひとつの理由は、先日フォーク歌手の高田渡氏が56歳の若さで亡くなってしまったというニュースに接したからです。実はこの高田渡もこの山之口獏の作品を愛し、そのいくつかの詩に自作の曲を付けて歌っていること、そしてその1曲にこの「結婚」もあるということを多くの人に知っていただければと思い、急遽筆を取りました。フォークシンガーとしては非常に飄々と醒めてユーモラスなスタイルが持ち味だった彼は、まだ十代の頃に添田唖然坊の明治〜大正にかけてのプロテストソングなども取り上げ、詩やテーマの選び方に唸らされるような凄みがあった人です(うたにはそんな凄みをこれっぽっちも見せなかったのですが、そういう芸風の極め方が実に凄い)。そんな彼が山之口獏の「結婚」に付けたメロディ、貧しさの中の情けなさをしみじみと歌ってこれもまた実にイイ味出しています。中田作品をご存知でこの曲を愛する方は、ぜひこの高田渡の「結婚」も聴き比べてみてください。中田作品は「詩=ミューズ」を「し」と読んでいますが、高田作品はフォークシンガーらしく「うた」と読んで自分の物語のようにしているのも面白いです。
(2005.04.17)

詩人の著作権が昨年末で切れましたので、詩をご紹介致します。高田渡も亡くなってもう8年も経つのですね。この山之口作品に曲をつけて歌い継ぐ新たな人の登場を望んでやみません。

( 2014.01.01 藤井宏行 )


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