朝の歌 |
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天井に 朱きいろいで 戸の隙を 洩れ入る光、 鄙びたる 軍楽の憶ひ 手にてなす なにごともなし。 小鳥らの うたはきこえず 空は今日 はなだ色らし、 倦んじてし 人のこころを 諌めする なにものもなし。 樹脂の香に 朝は悩まし うしなひし さまざまのゆめ、 森竝は 風に鳴るかな ひろごりて たひらかの空、 土手づたひ きえてゆくかな うつくしき さまざまの夢。 |
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戦前のクラシック音楽の大御所、諸井三郎はまだ学生時代、スルヤ音楽会という同人活動を仲間と一緒にやっていました。「スルヤ」とは、古代インドのサンスクリット語で「太陽神」を意味するのだそうですが、音楽家だけでなくさまざまな分野の若い人たちが集まって美学・哲学・芸術の議論や種々の取り組みをしており、まだ若き小林秀雄や河上徹太郎なども会に出入りしていたようです。
この会の知的な雰囲気に惹かれた詩人の中原中也も同人にはならなかったもののよく会に参加し、やがて自らの詩に曲を付けるように諸井らに持ちかけ、こうしてできたのがこの「朝の歌」です。
(ほかに諸井三郎作曲の「臨終」「空しき秋」や内海誓一郎作曲の「帰郷」や「失せし希望」などがこのスルヤでの交流から生まれました)
中也の詩作の転機となったといわれるこの有名な詩に、みずみずしい曲を付けた諸井、97年の復活・スルヤ音楽会のCDではチェロの伴奏も美しく、この作詞者に縁の深い曲が美しく再現されています。(バリトンの末廣正巳・ピアノ水谷真理子・チェロ宮澤等)
ドイツ歌曲っぽいスタイルは中原中也のフランス象徴派的な詩にはそぐわないかと思ったのですが、この「朝の歌」はもともと詩のスタイルが文語詩で、多くの中也の有名な詩とは異質なので、実はメロディにぴったりでとても素敵です。
その後諸井はドイツに留学し、戦前・戦後のクラシック音楽界で作曲に、音楽教育にと活躍されたのはご存知の通り。
その原点とも言えるこの歌を聴くことができたのはとても嬉しい巡り合わせでした。
( 2005.04.11 藤井宏行 )