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Marching through Georgia    
 
ジョージア進軍行進曲  
    

詩: ワーク (Henry Clay Work,1832-1884) アメリカ
      

曲: ワーク (Henry Clay Work,1832-1884) アメリカ   歌詞言語: 英語


Ring the good ol' bugle,boys,we'll sing another song,
Sing it with the spirit that will start the world along,
Sing it as we used to sing it 50,000 strong
While we were marching through Georgia.
Hurrah,hurrah,we bring the jubilee!
Hurrah,hurrah,the flag that makes you free!
So we sang the chorus from Atlanta to the sea
While we were marching through Georgia!

How the darkies shouted when they heard the joyful sound!
How the turkeys gobbled which our commissary found!
How the sweet potatoes even started from the ground
While we were marching through Georgia!
Hurrah,hurrah,we bring the jubilee!
Hurrah,hurrah,the flag that makes you free!
So we sang the chorus from Atlanta to the sea
While we were marching through Georgia!

Yes,and there were Union men who wept with joyful tears
When they saw the honored flag they had not seen for years.
Hardly could they be restrained from breaking forth in cheers
While we were marching through Georgia!
Hurrah,hurrah,we bring the jubilee!
Hurrah,hurrah,the flag that makes you free!
So we sang the chorus from Atlanta to the sea
While we were marching through Georgia!

”Sherman's dashing Yankee boys will never reach the coast!”
So the saucy rebels said,and 'twas a handsome boast,
Had they not forgot,alas,to reckon with the host
While we were marching through Georgia!
Hurrah,hurrah,we bring the jubilee!
Hurrah,hurrah,the flag that makes you free!
So we sang the chorus from Atlanta to the sea
While we were marching through Georgia!

So we made a thoroughfare for freedom and her train,
Sixty miles in latitude,300 to the main.
Treason fled before us,for resistance was in vain
While we were marching through Georgia!
Hurrah,hurrah,we bring the jubilee!
Hurrah,hurrah,the flag that makes you free!
So we sang the chorus from Atlanta to the sea
While we were marching through Georgia!

吹けよラッパを、俺達ゃ歌おう
世界中に聴かせてやるつもりで歌ってやれ
5万の軍勢で歌っていたように元気に
このジョージア州を行進している間ずっと
フレー、フレー、俺達ゃ幸せを運ぶ!
フレー、フレー、皆を救いだす旗のもと!
だから歌ったんだ、アトランタから海まで
このジョージア州を行進している間ずっと

この陽気な歌声を聴いたら黒ん坊たちは叫び
七面鳥はわれらが料理人に見つけられてうなる
サツマイモだって地面から掘り起こされる
このジョージア州を行進している間ずっと
フレー、フレー、俺達ゃ幸せを運ぶ!
フレー、フレー、皆を救いだす旗のもと!
だから歌ったんだ、アトランタから海まで
このジョージア州を行進している間ずっと

感涙に暮れる連邦の仲間もいたさ
長いこと見られなかったこの国旗をみれば
歓喜の気持ちを抑えることなんてできっこない
このジョージア州を行進している間ずっと
フレー、フレー、俺達ゃ幸せを運ぶ!
フレー、フレー、皆を救いだす旗のもと!
だから歌ったんだ、アトランタから海まで
このジョージア州を行進している間ずっと

「シャーマンの跳ね上がり小僧どもは決して海岸まで行けやしない」
裏切り野郎どもは言ってたが、それは大嘘だった
偉そうに言ったことを忘れてなけりゃいいがな
このジョージア州を行進している間ずっと
フレー、フレー、俺達ゃ幸せを運ぶ!
フレー、フレー、皆を救いだす旗のもと!
だから歌ったんだ、アトランタから海まで
このジョージア州を行進している間ずっと

自由をもたらすために俺達ゃ行進する
60マイルを南に、300マイルで海まで
反逆者は逃げ出す。抵抗は無駄だ
このジョージア州を行進している間ずっと
フレー、フレー、俺達ゃ幸せを運ぶ!
フレー、フレー、皆を救いだす旗のもと!
だから歌ったんだ、アトランタから海まで
このジョージア州を行進している間ずっと


#第2節の”darkey”を「黒ん坊」と訳したのは原詩がそういうニュアンスで
 あったためで決して侮蔑的意図はございません。絵本「ちびくろさんぼ」を
 絶版にしたみたいな抗議を下さることは構いませんが、削除or修正するか
 どうかは頂いた抗議の内容に納得できたときにさせて頂きます。
 どうか感情的でなく論理的な抗議を(もしされる方があれば)お願い致します。


1864年、南北戦争の膠着状態を一転して北軍有利に変えたのが、この詞でも歌われているシャーマン将軍のジョージア州横断作戦といわれています。州都アトランタを陥落させたあとジョージア州を海に向かって行軍し、その間に都市から農村に至るまで進路の南部人の資産をことごとく収奪・破壊したというこの作戦、士気の非常に高かった南部人の北部に対抗する気持ちを挫き、かつ経済的にも南部の戦争遂行能力を叩きつぶすという近代総力戦のはしりとして名高いものです(第2節にそんな様子が描写されていますね)。
それまでの西欧の戦争といえば中世の騎士道以来の流れで戦闘員以外へは手を出さないというのがある種不文律のようになっていたようですが、これ以降は第一次世界大戦をはじめ、ナチスドイツのソヴィエト侵攻や大日本帝国が中国や南方への侵攻で行ったこと、あるいはアメリカ軍の日本の主要都市への大空襲のように、非戦闘員や非戦闘地域に対する収奪や破壊をするのが当たり前のようになってしまいました。
(こんな戦争のやり方を学んだことも「人類の進歩」と呼んで良いのでしょうか???)
それだけに今に至るまでもシャーマン将軍やこの進軍歌への南部人の憎しみは消えておらず、この歌をアメリカ、特に南部で歌うときには心配りが必要なようです(というよりも歌ってはいけないのかも。同じようなことを中国で行った日本軍の歌を中国の人たちが忌み嫌うのと同じことだと思います。戦争というものと抜きがたく結び付いている歌は洋の東西を問わずこんな問題を抱えているということなのでしょう)。アメリカでもそんな問題があるせいかあまり歌詞付きでこの歌が歌われた録音は多くないようで、私が今まで耳にしたことがあるのもほとんどブラスバンドの演奏ばかりです。そんなわけで私もこの歌の背景については今までは良くは知らなかったのですが、南北戦争の歴史を調べ、そしてこの歌詞を読み解くとそういう戦慄的な事実が目の当たりになりました。メロディがとても楽しげに景気が良いものだけに一層怖いです。今回南北戦争の歌をいろいろ探訪していく中でもこの曲が私には一番の衝撃でした。

「大きな古時計」でおなじみの作曲者H.C.ワークが北部の奴隷廃止論者として、このジョージア行軍の歌を作りました。それも結構意外な事実ではあるのですが、もっと意外なのはこのメロディが日本人にはかなりなじみが深いことです。

明治〜大正時代に活躍した社会批判・風刺の演歌師(当時は「演歌」とは演説の歌の意だった)として有名な添田唖然坊の息子・添田さつきもまた演歌師だったのですが、そんな彼が大正8年にこの曲のメロディに乗せて歌った「東京節」(ラメちゃんたらギッチョンチョンでパイのパイのパイ。「東京節」で検索すると歌詞を載せているサイトがいくつか見付かります)という歌、東京の近代化とそこに暮らす庶民の貧しさのギャップを歌ってかなり人口に膾炙したようで、その後も喜劇役者の榎本健一などによってその替え歌が歌い継がれ、そして戦後も森山加代子やザ・ドリフターズといった人たちによってこの「パイのパイのパイ」の不思議なフレーズと一緒に日本人おなじみのメロディとして残ったのです。
他にもお菓子(ロッテ)や調味料(ミツカン)のCMでこのメロディは聴いたことのある人は多いのではないでしょうか。

最近聴いたもので出色は、阪神大震災のときに関西のロックバンド「ソウルフラワーユニオン」が被災地神戸を「ソウルフラワー・モノノケサミット」として、チンドン屋のスタイルで演奏してまわったときにこの「東京節」を歌った録音。同じ添田さつきの作った関東大震災時の「復興節」(これは瓦礫と化した東京で歌われて被災者たちを力付けた歌でした)共々非常にイイ味出しています。私より年齢が若い人たちの歌う「東京節」なんぞよもや聴けるとは思わなかっただけに嬉しい驚き(もっとももっと凄い歌を彼らは他にもたくさん歌ってますので更にビックリですが)。このソウルフラワー、最近まれに見る反骨精神溢れた気骨のあるロックバンドということで私は非常に期待しています。何より日本(だけでなく朝鮮・琉球・アイヌ...)の大衆音楽に対する愛情が半端ではない上に、歴史の中で虐げられてきた弱者への共感をこんな時代でも強く持ち続けているのが素晴らしい...
(神戸の震災で被災した人の中に、そういった人たちが多く含まれていたのは記憶に留めておいて良いでしょう)
彼らの「モノノケ」としての2枚のアルバム、「アジール・チンドン」と「レヴェラーズ・チンドン」、日本の大衆音楽の伝統を音として知りたいという方にはぜひ耳にして頂きたい傑作です。
私が子供のころまではまだ辛うじて残っていた「チンドン屋」の歴史にまで思いを馳せることができるとても興味深いものでした。チンドン屋とロックンロールがどう繋がるのか?、いずれ論じたいと思いますが皆さんもちょっと考えてみてください。

といつもの如くの脱線はこのくらいにします。ただ申し上げた通り忌まわしい思い出を持つ戦争の歌として、いくら歌詞が日本語で「パイのパイのパイ」に変わっていても、アメリカの人の前で不用意にこの歌を歌うのはきわめてマズいところもあるのだと思います(いくら美しいメロディでも、服部良一の「蘇州夜曲」を中国の人たちはいまだ苦々しい思いで見ているように...)。意外なことですがアメリカ200年余の歴史の中でも歴史の深い傷跡として、この南北戦争ほど多くの死者(62万人といわれる)を出した戦争をアメリカ自身は他に経験していないのですから。

(2005.03.20)

更にいろいろ調べてみると、この「東京節」の元になったのはキリスト教の中でも特異な活動で知られる救世軍(Salvation Army)の賛美歌と化していたこの曲であることが分かりました。岡山出身の山室軍平(1872-1940)という人がその詞を作ったようです。ネット上で見つけた歌詞なので正確さには欠けるかも知れませんが一応載せて置きます。

このいと小さき人ひとり 
ほろぶるは父のむねならず 
そのいつくしみをのべ伝え 
救いにみちびけ

よべさませ ねむる霊魂
つげしめせ 主の救い
悔い改めずば ほろぶるを 
見るにしのびんや

( 2005.03.26 藤井宏行 )


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