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DON JUAN TRIUMPHANT    
  The Phantom of the Opera
ドンファンの勝利  
     オペラ座の怪人

詩: ハート,チャールズ (Charles Hart,1961-) イギリス
      

曲: ロイド=ウェバー (Andrew Lloyd Webber,1948-) イギリス   歌詞言語: 英語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください
ご主人さまは召し上がる
哀れな生贄の子羊を

かわいそうな娘は遊びの報い
ご主人さまは娘をいただく
お皿の上に乗ったおいしそうな娘を
ドンファンの勝利だ、またもや


パッサリーノよ、もくろみはどんな具合だ

  女はまんまとだまされて、私を殿様と思い込みました

わしのいでたちで、娘はお前をわしと思った
これで欲しいものを手に入れられるぞ
...

(大意の紹介です)

アンドリュー・ロイド・ウエバーのミュージカルとしては、Catsと並んで飛び抜けた人気を誇る「オペラ座の怪人」、昨年はついに映画化されてもうすぐ日本でも公開のようで、Web上でも何やら宣伝があちこちでうるさいほどですし、また今年は東京では劇団四季によって大掛かりなリバイバル上演もやられているようで今大注目のミュージカルとなっているかの感もあります。
どっちも行く気のない私がこれを取り上げるのもおこがましいところがありますけれどもちょっとひとこと。ちなみにこのミュージカルを熱愛する方、ネタばれを見るのが嫌いな方は以下は読まれない方が良いかと思います...
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「ジーザス・クライスト・スーパースター」で鮮烈なロックミュージカルを書いたウエバーも、この辺の作品になるとかなり伝統的なミュージカルのスタイルに回帰してきて、特にこの作品のようにパリのオペラ劇場が舞台の作品ではオペラのパロディがそこかしこに盛り込まれ、私のような保守的なファンにも聴きやすい作品に仕上がっています。
いきなり最初に出てくる劇中劇「ハンニバル」は、ローマ帝国と敵対するカルタゴの将軍を描いたオペラですが、これはそのまんまヴェルディの「アイーダ」を思わせる雰囲気。パリで当時流行していたグランドオペラ、マイヤベーヤ作品なんかのパロディでしょうか。ただアリア「Think of me」になった途端にミュージカル調の音楽になって凄くつながりが不自然なのはご愛嬌。次の劇中劇「イル・ムート(愚か者)」は侯爵夫人とお小姓の不倫ということでストーリーはR-シュトラウスの「薔薇の騎士」。ただ音楽は「薔薇の騎士」がそうであったようにモーツアルトの「フィガロの結婚」のパロディのようです。
そしてオペラ座の怪人の脅迫により端役をやれと言われてヘソを曲げた高慢な歌姫カルロッタを皆がなだめて(おだてて)歌う曲「プリマドンナ」は実にプッチーニの「トスカ」のモチーフそっくり。悲劇のヒロイン、トスカももし世が世ならば歳を取ってこんなわがままな歌姫として劇場に君臨していたのかなあ、と思わせる何とも感慨深い曲です。
かくの如くオペラのファンは本筋と関係ないところの方で楽しんでしまうこの作品なのですが、一番私がびっくりしたのはもうひとつの劇中劇として、このオペラ座に住む怪人が作曲し、怪奇な事件を起こすことによって支配人に上演を強要したという設定のオペラ「ドンファンの勝利」です。
舞台の設定は1881年ですからまだヴェルディなんかが活躍していた時代の筈なのですが、この「ドンファンの勝利」、なんと無調の寒々としたスタイルで書かれているのです。
ヴァイオリンソロと主演のテナーとの掛け合いなんかはもろにアルバン・ベルクのオペラ「ヴォツェック」の酒場のシーンを彷彿とさせ、しかもそのテナーが最後は怪人にすり替わって愛を歌うところなどまさにあのオペラの報われぬ愛をここでも暗示しているかのよう。というよりもこの「オペラ座の怪人」はミュージカルではなくオペラなのだ、と語っている作曲者ウエバーの、20世紀最高のオペラのひとつを書いたとその筋では(誰がだ?)言われているアルバン・ベルクへの挑戦状のようにも思えてしまったのです。
筋書きは上の大意の通り、モーツアルトの「ドン・ジョバンニ」同様、召使とすり替わって女をたぶらかそうとしているドンファンとその召使との会話です。


10年近く前まだこの作品を知らなかった頃に、クラシック音楽の愛好者が集まる掲示板でこのウエバーの話題がちょっと出たときに、私は「20世紀のオペラの傑作として、キャッツとヴォツェックのどちらが残るのでしょうか?」という場の空気を読まない顰蹙の書き込みをしたことがありますが(いまだにその癖は抜けておらず、去年のアメリカ特集でも「嫌味なことを書くな」とお叱りを受けましたけれど)、なんとこんな形で両者の接点があったとは!ちなみにこの作品は97年のトロントで初めて舞台をみましたが、次々繰り出されるこれら音楽のパロディの連続に気を取られて、物語の本筋はほとんど記憶に残りませんでした。というより予習せずにいきなり舞台を見たので英語の筋が追えなかったという方が正解か?!

少なくとも「ヴォツェック」を見たことのある人よりも、各国語訳上演を含めて「オペラ座の怪人」を見たことのある人の方が全世界では今や圧倒的に多いはずです。もちろん一時代を画した作品でも、サリエリやマイヤベーアのオペラのようにやがて忘れ去られてしまう例も枚挙にいとまはありませんから、21世紀の後半にはどうなっているのか?は興味は尽きないところです(が私は見届けられない)。
アンドリュー・ロイド・ウエバーは20世紀のマイヤベーアになるや否や。若い人たちはぜひ見届けてください。私は個人的にはなりそうな予感がしていますが....

この「オペラ座の怪人」、録音は各国のキャストによる色々なものがあります。極め付けはやはり日本で大晦日の紅白歌合戦にまで出てこのミュージカルの曲を歌ったサラ・ブライトマンが出ているオリジナル・ロンドン・キャスト盤でしょうか。でもこの「ドンファンの勝利」の「ヴォツェック」っぽさを堪能したいのであればオリジナル・ウイーン・キャストのドイツ語盤が面白いかも。日本語のミュージカルも毛嫌いばかりしていてはいけないので、劇団四季のCDも思い切って聴いてみました(現在3種類あるようですがそのうち一番新しいやつ。今井清隆さんが主演のです)。オリジナルの英語版ミュージカルを愛する人にはかなり酷評されていたりする劇団四季ですが、私の耳では思ったほど悪くはないなあ、と思いました。
訳詞も日本語の限界(1音符に乗る言葉がヨーロッパ系言語より少ないので情報量が格段に落ちる)を思えばかなりの工夫をしていると思いますし、時々笑ってしまうような変なアクセントやイントネーションがあることを除けばまあ聴けないこともないかと。
ただどうしても気になるのは一部の歌い手のベルカント発声で、これをやられると日本語が不明瞭になってほとんど聞き取れなくなってしまうのです(オペラのパロディだからベルカントでわざと聞き取れないように歌っているのだとしたら余計なこと。悪いところだけ真似ることはないです)。
これは劇団四季に限ったことではなく、日本語で洋物のオペラ、オペレッタをやるときにはいつも感じることですから彼らを責めるつもりは毛頭ないのですが、どうせマイクで拡声するのですからベルカントみたいなバタ臭い歌い方にこだわらず、日本語が乗りやすい・響きやすい発声法をぜひ編み出して欲しいなと思います。意外と宝塚歌劇なんかはその点では聴きやすいので、最近は四季にも出身者が増えているという日本の高等音楽教育でのイタリアやドイツの歌偏重にその元凶があるのかも(藍川由美さんが「これでいいのか日本の歌」(文春新書)で怒っていたことですね)。英語のミュージカル「らしさ」を日本語という制約下で追及している限りは絶対に本場を超えることは不可能ですから、まるで日本人が書いた音楽であるかのような独自の表現スタイルを作り出さないと...
ポップスの世界で江利チエミや雪村いづみが、ロックの世界でキャロルやはっぴいえんどなどが(そして漣健児などの訳詞家が)やりとげたことですからできないことはないはず。やる気と工夫だけの問題だと思います。それともタモリなどに小馬鹿にされなからも今のスタイルを更に追い続けていくのでしょうか???

日本での翻訳もののオペラがなかなか根付かない理由が翻訳の難しさだけでなく、日本語にそぐわない歌唱法にもあるのではないか?ということに強く気付かされただけでも劇団四季のCDを買った甲斐があったということでしょうか(また嫌味なことを...)。その意味では変なベルカントに毒されていない人たちのやっている日本語のミュージカルも一度聴いてみる必要がありますね。劇団四季でも日本の懐メロばかり歌っているミュージカル「李香蘭」なんかはどうなのでしょうか?
これを「オペラ座の怪人」で聴かれるような歌い方でやられているのだとしたら最悪です(一介の懐メロファンの意見ですから無視されても結構ですが)。

(大脱線失礼。脱線ついでに日本語の歌の発声法について凄く過激なことを論じている面白いサイトを見つけましたのでご紹介を。ここの内容に100%同意はしませんが、いくつかの指摘には私も思い当たるところがありました。日本語に西洋の音楽をうまく乗せる試みというのはこうしてみるとまだまだ解決できていないテーマなのですね...
http://members.jcom.home.ne.jp/u33/cantamokuji.htm
ただこのサイトでは「解決していないのではなく、完全に間違っているのだ」と言っていますけれど...
乞う「声楽家」の方のご意見&反論!!!)

( 2005.01.21 藤井宏行 )


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