Carskocel'skaja statuja Op.57-17 Dvadtsat’ pjat’ stikhotvorenii Pushkina |
ツァルスコイェ・セロの彫像 25のプーシキンの詩 |
Urnu s vadoi uranif, Ab utjos jejo deva razbila. Deva pechalna sidit, Praznyi derzha cherepok. Chudo! Nje sjaknjet vada Izlivajas iz urny razbitai: Deva,nad vechnoi strujoi, Vechno pechalna sidit. |
水を満たした甕を落とし 乙女は岩の上で割ってしまった 悲しみに暮れて乙女はかがみ込み 割れたかけらを拾おうとする 不思議だ!あふれ出る水は枯れず 割れた甕から湧き出してくる 乙女は、永遠に絶えない流れの上に 永遠に悲しそうにかがんだままだ |
ロシア5人組の中では一番マイナーで、いくつかのピアノ曲を除いては私も今までほとんど耳にすることのなかったセザール・キュイの歌曲を、最近まとめて聴く機会を得ました。ロシアのシューマンとでもいうべきその濃厚な情緒は、けっこう癖になりそうな味わいで、もっと録音があっても良いのにと思うことしばし、中でも多分最も有名と思われるこの曲を紹介することにします。
(奇しくもまたプーシキンの詩。ロシアの作曲家は彼の詩に本当にたくさん曲を付けていますね)
伴奏のピアノのアルペジオがきらめく中、本当にドイツ語で歌ったらシューマンのものと区別が出来ないかもしれない、繊細にして美しいメロディが始まります。プーシキンの詩もとてもお洒落です(鈍感な私には初めタイトルと詩の内容の関係がわかりませんでした。甕を落とした少女の姿をした銅像を詠んだものなのですね)。プーシキンの少年時代の思い出の土地ツァルスコイェ・セロ、永遠に溢れ続ける泉の水は永遠の子供時代への憧れでしょうか。夢見るような音楽は本当に素敵です。
ギャウロフのバス・バリトンで聴かせてくれる美しい歌唱(BMG)や、彼の先輩クリストフが入れた貫禄十分の録音(EMI)もありますが、叙情性溢れる曲をたくさん堪能させてくれるロシアのメゾ、シャロノヴァの入れたRussian Disc盤がやはり一押しでしょう。なにせこのキュイの美しいメロディをとてもたくさん聴くことができますから...
グリンカやキュイの歌曲は、ドイツ歌曲のファンの方にも、違和感なくなじんで頂ける佳曲ばかりです。
( 1999.10.10 藤井宏行 )