いにしへの日は |
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いにしへの日はなつかしや すがの根のながき春日を 野にいでてげんげつませし ははそはの母もその子も そこばくの夢をゆめみし ひとの世の暮るるにはやく もろともにけふの日はかく つつましく膝をならべて あともなき夢のうつつを うつうつとかたるにあかぬ 春の日をひと日旅ゆき ゆくりなき汽車のまどべゆ そこここにもゆるげんげ田 くれなゐの色をあはれと 眼にむかへことにはいへど もろともにいざおりたちて その花をつままくときは とことはにすぎさりにけり ははそはのははもそのこも はるののにあそぶあそびを ふたたびはせず |
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日本の前衛音楽の大御所だった松平頼則の2001年の作。ということは亡くなった年の作品です。彼の声楽作品のほとんどは彼女に触発されて書いたというソプラノの奈良ゆみさんが選んだ詩に曲をつけていますが、古典の詩にもっぱら付けていた感のあるそれまでと違い、三好達治の現代詩です。
とは言いつつも旧かなで書かれた詩ですので字面だけ見ていると結構古い感もあります。それまでの松平作品ではひとつの言葉を長い音に当てはめて和歌17文字でも5分以上もかかる長大な作品にしていましたのである意味何を語っているのかは全く分からなかったりもしたのですが、この曲は一つの音にひとつの語を当てていますので取りあえず詩の内容は耳でも分かります。80歳を超えた最晩年に全く別のスタイルの作品を初めて書くというのもある意味凄いことではあります。
無伴奏で朗唱のように歌われるため、吟詠のようにも聞こえますが、松平作品に共通の幽玄な雰囲気にあふれた神秘的な曲です。
三好の詩のような幼い頃の回顧というよりはもっと深遠なように聞こえてしまいますけれども。
2012年録音の「松平頼則作品集III」(ALM)で、奈良ゆみさん自身の歌声で収録されております。
( 2015.05.15 藤井宏行 )