馬車の中で 三つの歌曲 |
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馬車の中で 私はすやすやと眠つてしまつた きれいな婦人よ 私をゆり起してくださるな 明るい街燈の巷をはしり すずしい緑蔭の田舍をすぎ いつしか海の匂ひも行手にちかくそよいでゐる。 ああ蹄の音もかつかつとして 私はうつつにうつつを追ふ きれいな婦人よ 旅館の花ざかりなる軒にくるまで 私をゆり起してくださるな。 |
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犀星の詩につけた2曲に続いては朔太郎の詩。これは詩集「蝶を夢む」より取られています。小倉の器楽作品に見られるような歯切れの良い快活な音楽が、このほんのりとユーモアに満ちた朔太郎の詩に見事にはまってとても良い味を出しています。個人的には有名な「犀川」よりもこの曲の方が彼らしい傑作だと思います。彼がこの朔太郎や中原中也のようなユーモアに満ちた詩にもっとメロディをつけてくれていたら、と残念でなりません。
詩の著作権がまだもう少し生きているのでご紹介は先になりますが、木下夕爾の詩につけた歌曲を1956年に彼は書いており、これが詩の味わいと作曲家の資質が見事にマッチした傑作ですので、そんな作品がもっとあったらと思えてならないのです。
( 2014.11.02 藤井宏行 )