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The Lost Chord    
 
失われた和音  
    

詩: プロクター (Adelaide Anne Procter,1825-1864) イギリス
      

曲: サリヴァン (Sir Arthur Sullivan,1842-1900) イギリス   歌詞言語: 英語


Seated one day at the organ,
I was weary and ill at ease,
And my fingers wandered idly
Over the noisy keys;

I know not what I was playing,
Or what I was dreaming then,
But I struck one chord of music,
Like the sound of a great Amen,

It flooded the crimson twilight,
Like the close of an angel’s psalm,
And it lay on my fevered spirit,
With a touch of infinite calm,

It quieted pain and sorrow,
Like love overcoming strife,
It seemed the harmonious echo
From our discordant life,

It linked all the perplexed meanings
Into one perfect peace,
And trembled away into silence,
As if it were loth to cease;

I have sought but I seek it vainly,
That one lost chord divine,
Which came from the soul of the organ,
And entered into mine.

It may be that death’s bright angel
Will speak in that chord again;
It may be that only in Heav’n
I shall hear that great Amen.

ある日オルガンの前に腰掛け
私は落ち着かない気持ちのまま
何を考えるでもなく
私は鍵盤を叩いていた

何を弾いていたのか思い出せないし
何を夢想していたのかも覚えていない
しかし、ひとつの和音だけは鳴り続けた
偉大なアーメンの響きのように

その調べは深紅の夕暮れの中
天使たちの歌う詩編の余韻のように満ち溢れ
限りない安らぎの感触で
私の昂ぶる心を静めてくれた

すると痛みや悲しみは消え去った
愛が憎しみに打ち勝つように
それは不協和音に満ちた私たちの人生が
妙なる調和へとこだまするようだった

すべての混乱は結び付けられ
ひとつの完全な安息となった
そして震えながら和音は静寂の中へと消えた
消え行くことを惜しむかのように

それから私はむなしく探しつづけてきた
オルガンの精髄より沸き上がり
私の中へと入り込んだ
あの神々しい一つの和音を

死を司る天使のみが
その和音を再び鳴らすことができるのだろう
再び私がその偉大なアーメンの響きを聴けるのは
天に召されたその時なのだろう

イギリス音楽で誰が最も美しいメロディーを書いたかというのは趣味の分かれるところでしょうが、私はサヴォイオペラで「ミカド」や「軍艦ピナフォー」「近衛兵」などの傑作を作曲したアーサー・サリヴァンこそその人なのではないかと思っています。ヴィクトリア〜エドワード朝の大英帝国が最も光り輝いた時代を音にし、ユーモア溢れる喜劇の舞台でも気品を忘れない彼の音楽はまた、美しさの中にほのかな翳りを漂わせるという点では、イギリス音楽でも日本人に人気の高いエドワード・エルガーと通じるところもあります。
舞台作品が多いので日本ではなかなか聴かれないのがとても残念ですが、この歌曲「Lost Chord」は比較的知られているのではないでしょうか?
この詩は作曲者が兄のためのレクイエムとして書いたもののようで、オルガンの荘厳な響きと共に聴くと、大変厳粛な気持ちになります。
といっても悲しいメロディではなく、明るくも荘重な、そしてオルガンのまさに「Lost Chord」ともいうべき偉大な和音が印象的です。特に最後の盛り上がりが素晴らしい。

エルガーのところでもご紹介した、この手の作品のスペシャリストとも言えるDame Clara Buttの歴史的録音、イギリスの知られざる作曲家たちの魅力的な歌曲の美しいアンソロジー「Bird songs at Eventide」(Hyperion)の美声のテナーR.Whiteのロマンティックなもの、あるいは非常に異色な人として往年のイタリアの大テノール、エンリコ・カルーソーの録音までありますが(管弦楽伴奏です。RCA)、色々な意味で一番魅力的なのはRegisレーベルから出ている、テノールのGriffetの録音だと思います。まず安く手に入りますし、この人はバロックとか古楽の端正な歌を得意とする人なので歌のスタイルにぴったりであるということ、それとこのCD、「ヴィクトリア朝のソングブック」という題名で、当時よく歌われた曲を有名無名取り混ぜて幅広く紹介しているということで選曲も素敵です。
姉妹編の「エドワード朝のソングブック」共々、イギリス音楽を味わう上では見逃せないアルバムではないでしょうか。

( 2003.05.24 藤井宏行 )


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