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晩餐    
  智恵子抄
 
    

詩: 高村光太郎 (Takamura Koutarou,1883-1956) 日本
    智恵子抄 15 晩餐

曲: 別宮貞雄 (Bekku Sadao,1922-2012) 日本   歌詞言語: 日本語


暴風(しけ)をくらつた土砂ぶりの中を
ぬれ鼠になつて
買つた米が一升
二十四銭五厘だ
くさやの干ものを五枚
澤庵(たくあん)を一本
生姜の赤漬
玉子は鳥屋(とや)から
海苔は鋼鐵をうちのべたやうな奴
薩摩あげ
かつをの鹽辛

湯をたぎらして
餓鬼道のやうに喰(くら)ふ我等の晩餐

ふきつのる嵐は
瓦にぶつけて
家鳴(やなり)震動のけたたましく
われらの食慾は頑健にすすみ
ものを喰らひて己(おの)が血となす本能の力に迫られ
やがて飽滿の恍惚に入れば
われら静かに手を取つて
心にかぎりなき喜を叫び
かつ祈る
日常の瑣事(さじ)にいのちあれ
生活のくまぐまに緻密(ちみつ)なる光彩あれ
われらのすべてに溢れこぼるるものあれ
われらつねにみちよ

われらの晩餐は
嵐よりも烈しい力を帯び
われらの食後の倦怠は
不思議な肉慾をめざましめて
豪雨の中に燃えあがる
われらの五體を讃嘆せしめる

まづしいわれらの晩餐はこれだ



清水脩が第2曲に持ってきた二人の生々しい(といいますか生臭い)新婚生活の描写を別宮は第4曲に持ってきています。清水の曲同様、別宮作品も語りの要素を前面に出してこの激しい情景を見事に描き出していますが、別宮のものではピアノがとてもロマンティックな表情を時折垣間見せながら声に寄り添っていますので、語りの激しさを和らげて何となく微笑ましい感じもにじみ出ていてこれもまた魅力的でした。
詩は大正3年の4月、詩集の15番目です。

( 2012.03.03 藤井宏行 )


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