悲歌-海の幻- 亡き子に |
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冬の海こえて 我が子は去った 枯れた花の匂をのこして 白い霧の中に 船はかくれて行った さびしい小鳥の様に 仄暗い沖のかなた とほい北の冷たい夢の なんて目に沁みることだ 涙もなくて一人ゆく 小さいうしろ姿よ はかない雪の上の足跡よ それもやがて消え失せる 思へば海の上に己の心に ああ雪が降る 雪が降る |
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東大卒の理学博士でありながら、音楽の道に進んだ箕作秋吉(みつくりしゅうきち)、50歳頃までは音楽は余技であったようですが後に東洋音楽大学の教授にまでなっています。日本の五音音階をベースとした、しかし斬新な響きの音楽は現代においても繰り返し聴かれる価値はあるのではないかと思いますが、亡くなってはや40年、段々忘れられた人になって来ているようなのが残念です。
今回取り上げた曲「悲歌」は彼の初期の作品 (1927年作曲)、組曲「亡き子に」の第3曲です。
最初の2曲(「讃歌」と「子守歌」)は詞も作曲者自身で明るい曲想。なんでも彼が中学3年の時に書いていたメロディにあとから詞をつけたのだそうです。最後のこの曲だけはひたすら暗く、慟哭の調べが心を打ちますが、実はこの「亡き子に」、箕作自身が愛する娘を亡くした際に書いたものなのだそうで、それを知ってみると一層心に染みる音楽でした。それもあってか恐らく現代においても、もっとも良く演奏され愛される箕作作品になっています。
作詞の沙良峰夫(1901-1928)は北海道・岩内出身の詩人。沙良は女優のサラ・ベルナールから取ったペンネームだそうです。この詩はもともとはなくした恋を嘆くもので、もともとのタイトルは曲の副題になっている「海のまぼろし」。
「冬の海こえて 女は去った」というところを箕作が自分の娘に置き換えて「わが子は」にしたのでした。「悲歌」というタイトルをつけたのも箕作自身です。
伊藤京子さんの歌った録音がVictorの日本の歌曲選集に入っていて、とても味わいのある素晴らしい歌が聴けましたが、入手も難しいでしょうか。もっとも今でも結構ライブでは取り上げられるようなので聴ける機会はあるかと思います。
( 2012.02.11 藤井宏行 )