山麓の二人 智恵子抄 |
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二つに裂けて傾く磐梯山の裏山は 険しく八月の頭上の空に目をみはり 裾野とほく靡いて波うち 芒(すすき)ぼうぼうと人をうづめる 半ば狂へる妻は草を藉(し)いて坐し わたくしの手に重くもたれて 泣きやまぬ童女のやうに慟哭する ――わたしもうぢき駄目になる 意識を襲ふ宿命の鬼にさらはれて のがれる途(みち)無き魂との別離 その不可抗の豫感 ――わたしもうぢき駄目になる 涙にぬれた手に山風が冷たく觸れる わたくしは黙つて妻の姿に見入る 意識の境から最後にふり返つて わたくしに縋る この妻をとりもどすすべが今は世に無い わたくしの心はこの時二つに裂けて脱落し 闃(げき)として二人をつつむこの天地と一つになつた。 |
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歌曲集10曲目は前の曲のおよそ1年後の昭和13年6月と詩には記載があります(詩中には八月とあるのですが)。詩集では引き続いて30番目の詩。このあたりは作曲家も詩集と同じように立て続けて曲をつけています。メロディがついていなくてもこれをお読みいただければ壮絶な詩であることはお分かり頂けるかと思います。もちろん付けられた音楽も壮絶です。
( 2011.07.02 藤井宏行 )