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カルメン故郷に帰る    
 
 
    

詩: 木下忠司 (Kinoshita Chuuji,1916-) 日本
      

曲: 黛敏郎 (Mayuzumi Toshirou,1929-1997) 日本   歌詞言語: 日本語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください


2010年の暮れ、昭和を代表する女優のひとり高峰秀子さんが86歳で亡くなられました。女優というばかりでなく、歌手としても活躍されたのは皆さまご存じの通りで、代表作としては戦争真っただ中の1942年に歌われたのに時局をまるで感じさせないエヴァーグリーンの名曲「森の水車」(詞:清水みのる・曲:米山正夫)、あるいは戦後のアメリカナイズされた世相を見事に切り出してきたインパクトある傑作「銀座カンカン娘」(詞:佐伯孝夫・曲:服部良一)があります。いずれもここで取り上げてみたい魅力的な作品ですが、今回は追悼としてそれよりも私にとって印象深い彼女の代表作のひとつ「カルメン故郷に帰る」(1951)より、彼女自身が歌った主題歌を取り上げてみたいと思います。
この映画、映画音楽を日本の現代音楽の尖鋭であった黛敏郎と、映画音楽では手慣れた職人芸を聴かせてくれる名匠・木下忠司が共同で務めているのですが、その主題歌は黛敏郎の手になるものとされています(作詞は木下忠司)。
しかし、それが私にはとても信じられないようなポップな調べの主題歌。絶頂期の服部良一でさえ、ここまでの気だるいジャズテイストの曲はそう書けなかったのではとさえ思わせてくれる作品です。オペラやカンタータといった声楽の大作はいくつも書いていた黛ですが、ソロの歌曲は私の知る限り1曲も書いていないはず。それにしてはお見事と脱帽せざるを得ない傑作です。木下の書いた詞もこの気だるさに実に良くはまったキッチュなもの。「私ゃモダンな町娘 ちょいと散歩にニュールック」と、カタカナ言葉を目一杯織り込んで、田舎から東京に出てすっかりスレてしまった(というよりも映画で見ると「ブッ飛んでしまった」というほうが近いでしょうか?)娘の感じが良く出ています。そしてこのアンニュイな感じを美味く歌った高峰。映画ほどには有名になっていない主題歌ですが、これはこの3人の名前と共に記憶に留められてしかるべきでしょう。何よりも私にとっては(高峰さんをダシに使ってしまって申し訳ないですが)、あの黛敏郎の作品としてあまりにインパクトがあり過ぎるのです。
同じく現代音楽で活躍した武満徹が、とても歌心あふれる小さな歌曲をたくさん書いていたように、黛もまたその芯のところではこんな歌心を持っていたということなのでしょう。そう言えば武満の遺作「MI・YO・TA」も、黛がメロディを記憶していて口ずさんでくれたからこそ、今こうしてわれわれも聴くことができるのでしたね。この「カルメン」、尖がった作品ばかり書いていたという印象のあった黛敏郎を改めて見直すきっかけとなった印象深い作品です。

( 2011.01.02 藤井宏行 )


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