恋の鳥 劇「カルメン」 |
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捕えてみればその手から 小鳥は空へ飛んでゆく 泣いても泣いても泣ききれぬ 可愛いい可愛い 恋の鳥 尋ねさがせばよう見えず 気にもかけねばすぐ見えて 夜も日も知らず気まま鳥 来たり往んだり 風の鳥 捕えよとすれば飛んでゆく 逃げよとすれば飛びすがり 好いた惚れたと追っかける 翼火の鳥 恋の鳥 若しも翼を擦り寄せて 離しゃせぬぞとなったなら それこそあぶない魔法鳥 恋し恐ろし 恋の鳥 |
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詩をご覧頂くと、あれっどこかで聴いたことがあるような?! とお感じの方も多いのではないかと思います。そう、これはメリメ原作のビゼーのオペラ、「カルメン」の「恋は野の鳥(ハバネラ)」ですね。実はこの曲、そのカルメンを舞台に掛ける時の劇中歌として北原白秋?中山晋平の豪華コンビによって作られたものなのだそうです。
このコンビ、他にもこのカルメンのために「煙草のめのめ」(煙草のめのめ空まで煙せ/どうせこの世は癪の種)とか「酒場の歌」(ダンスしましょかカルタ切りましょかラランラ)とか何曲か書いているのですが、そのいずれもが“中山晋平作曲”から予想されますように色濃い日本情緒を醸し出すのが面白いです。
この日本版「ハバネラ」も、島倉千代子さんが歌ったらとてもしっくりくるようなド演歌に仕上がっていて、ビゼーのカルメンから受ける印象とはかなり違ったものになっています。詩もそんなスタイルを白秋は意図して作ったのかな?と思わせる程、「金色夜叉」や「与話情浮名横櫛(お富さん)」に入れてもぴったりの味ですね(「泣いても泣いても」とか「好いた惚れたと」とか...)。一体どんな舞台だったのか非常に興味惹かれるところです。
この歌でもうひとつ特筆すべきは、松井須磨子(大正の著名な舞台女優。トルストイ作の「復活」の舞台に中山晋平の付けた「カチューシャの歌」をヒットさせたことでも知られる)が、1919年(大正8年)34歳で自らの命を絶つ直前の舞台で歌った歌でもあるというところで、歌詞の意味深長さもなんとなく深読みさせられてしまいます。
( 2000.01.09 藤井宏行 )