TOPページへ  更新情報へ  作曲者一覧へ


Seit ich ihn gesehen   Op.60-1  
  Frauen-Liebe
あの人に出会ってから  
     歌曲集「女の愛」

詩: シャミッソー (Adelbert von Chamisso,1781-1838) ドイツ
    Lieder und lyrisch epische Gedichte - Frauen-Liebe und Leben 1 Seit ich ihn gesehen

曲: レーヴェ (Johann Carl Gottfried Loewe,1796-1869) ドイツ   歌詞言語: ドイツ語


Seit ich ihn gesehen,
Glaub' ich blind zu sein;
Wo ich hin nur blicke,
Seh' ich ihn allein;
Wie im wachen Traume
Schwebt sein Bild mir vor,
Taucht aus tiefstem Dunkel
Heller nur empor.

Sonst ist licht- und farblos
Alles um mich her,
Nach der Schwestern Spiele
Nicht begehr' ich mehr,
Möchte lieber weinen
Still im Kämmerlein;
Seit ich ihn gesehen,
Glaub' ich blind zu sein.

あの人に出会ってから
あたしは何も見えなくなったみたい
どこを見ても
あの人だけが見えてしまうの
まるで昼間に夢を見てるみたいに
あの人の姿が目の前にちらつく
それはとっても深い暗闇の中から現れてくるの
明るくくっきりと

その上 光も色もなくなってしまった
あたしの周りではみんな
妹たちと遊ぶことなんかも
今はもう全然したくないの
それよりあたし泣いていたい
静かに小さな部屋の中で
あの人に出会ってから
あたしは何も見えなくなったみたい


フランス出身のドイツの作家&詩人のアデルベルト・フォン・シャミッソー(1781-1838)が1830年に書いた詩集「女の愛と生涯」は、1840年「歌の年」にシューマンが曲を付けた連作歌曲集があまりにも有名です。シャミッソー自身、もう40歳になろうかという1820年に非常に若い女性と結婚したのだそうで、そんなあたりが作詩のインスピレーションになったのでしょうか。そしてまたクララ・ヴィークとの結婚に邁進していたシューマンの心をもこの詩集はわしづかみにしたのかも知れません。
もっともCDなどの解説を見たり、あるいはネットサーフィンなどしているとこの詩集(といいますか正確にはシューマンの付けた歌曲集)、概して評判がよろしくないですね。特に女性の方から酷評されているような感じで、アメリカのフェミニストの音楽学者の人などは詳細な詩と曲のアナリーゼの末、「これは現代に聴くべき作品ではない」とまで言い切っていたりしているものまでがあったりもします。確かに「こんなこと考えてる女など実際にはおらん。男の身勝手さを感じる」などと当の女性の方々に言われてしまうと反論のしようがないのですが、私はちょっとこの詩と曲には違った印象を持っているのです。それはこの主人公が人を愛することによって次第に強く、たくましく成長していく姿を美しく描いたものであるということ。たぶんこの詩集の中で触れられている「あの人」というのは私などとも何の差もない平凡な男なのでしょうが、その男を、そして生まれてきた子供を愛することをきっかけにして、第4曲目にある言葉「Verklärt mich 私も光り輝いて」のように彼女は年齢を重ねるにつれて人間的深みを増して行くのです。
その意味ではなぜかシューマンは省略してしまった詩集最後の詩に実はすべての重みが集約しているようなので、この詩も含めた9篇の詩すべてに曲を付けたカール・レーヴェの歌曲集をここでは取り上げてみたいと思います。シューマンの歌曲集は他にも詩の一部をカットしたり言葉を差し替えたりしているようですが、レーヴェのものは原詩そのままに曲を付けていますので、その点でも訳してみる価値はあるでしょう。
そういうわけで、最初の数編は思い切り幼い感じを強調し、子供ができてからの後半4曲との差が際立つような訳を心がけてみました。旋律的な魅力に際立つシューマンの歌曲集では、前半の5曲が人気が高くて残り3曲はおまけのような扱いを多くの聴き手にはされているような感じですが、レーヴェの歌曲集ではむしろこの後半3曲と、シューマンが曲を付けなかった最終曲により多くの魅力が溢れているように私には思えたということもあります。というよりも思い入れが強くて音のひとつひとつにまで濃厚な主張が感じられるシューマンのものよりは、一歩引いてこの女性の生涯を描き出しているところにこの歌曲集の良さがあるのかも知れません。

さて第1曲、人目惚れてボーっとなっているような曲想のシューマンのものに対して、ここでレーヴェが付けた曲はもっと快活で力強いです。シューマンの歌曲集でいうと第2曲の方にむしろ曲想は近いかも。恋に恋しているような若い女の子の頼りなさげな感じはシューマンのスタイルの方が良く出ているような気もしなくはありませんが、ここでのレーヴェの音楽も十分に魅力的です。「それよりあたし泣いていたい」のところで音楽が一瞬暗く沈むところなど芸が細かく、けっこう楽しんて聴けました。
録音は私の知る限りでは、CPOに1枚(歌手名失念)と、DGにメゾのファスベンダーが録音しています。私は後者しか聴いていないのですが、やはり上手いですね。このCDには他にもハイネの詩につけた「はすの花」や「ぼくは夢の中で泣き濡れた」などのシューマンの曲で有名な競合曲などが収録されなかなか興味深いです。

( 2008.09.30 藤井宏行 )


TOPページへ  更新情報へ  作曲者一覧へ