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Täuschung   Op.89-19 D 911  
  Winterreise
幻惑  
     冬の旅

詩: ミュラー,ヴィルヘルム (Johann Ludwig Wilhelm Müller,1794-1827) ドイツ
    Die Winterreise 15 Täuschung

曲: シューベルト (Franz Peter Schubert,1797-1828) オーストリア   歌詞言語: ドイツ語


Ein Licht tanzt freundlich vor mir her;
Ich folg' ihm nach die Kreuz und Quer.
Ich folg' ihm gern und seh's ihm an,
Daß es verlockt den Wandersmann.
Ach,wer wie ich so elend ist,
Gibt gern sich hin der bunten List,
Die hinter Eis und Nacht und Graus
Ihm weist ein helles,warmes Haus
Und eine liebe Seele drin ――
Nur Täuschung ist für mich Gewinn.

光るものが僕の前を親しげに舞う
僕はその後について右往左往する
悦び従いながらもわかっている
それが旅人を惑わすものだと
ああ 僕のように不幸な者は
目も綾な罠に進んで身を任すもの
それは氷と夜と恐怖の向こうに
明るく暖かい家を見せてくれる
そしてその中に愛しき魂を・・・
僕が得られるのは幻惑だけなのだ


「光るもの」とは何なのか。その姿と動きは鬼火そのものです。第9曲の「鬼火Irrlicht」は、ミュラーの原詩集ではこの曲の3曲後、「宿屋」の次にあります。「鬼火に誘い込まれて道に迷う」というモチーフが共通していますし、「喜びも苦しみも鬼火のゆらめきでしかない」「手に入るものは幻惑だけ」という諦観、ニヒリズムも共通します。

この曲では、シューベルトのつけた軽やかな曲が非常に印象的です。この旋律は、シューベルト自身のオペラ『アルフォンソとエストレッラ』からの流用であることが知られており、その内容は登場人物の王フロイラが王子アルフォンソに歌う「雲娘の歌Lied vom Wolkenmädchen」です。

これについては渡辺美奈子さんのHPに、引用部分を含む歌詞と作品の概要が掲載されましたので是非参照ください。
渡辺美奈子 『アルフォンソとエストレッラ』より「雲娘の歌」2008
http://www.ne.jp/asahi/minako/watanabe/taeuschung.htm#froila

「雲娘の歌」の要約
ある狩人が野原で横になり物思いに耽っていると、夕映えに包まれた美しい娘が現れた。彼女は、山の上の黄金の城で彼女の友、僕(しもべ)になるように甘い声で誘う。狩人は娘について山道を昇り、彼女は踊りながら先導する。頂上に華やかな宮殿が現れ、召使たちがかしづき、狩人が娘を抱きしめようとすると、彼女は靄のように消え、城は青い空の中に消える。狩人は夜の闇と絶望の中、高みから奈落へ落ちていく。

流用部分のみの拙訳を掲載します。「幻惑」のはじめの4行にこの部分を移調した旋律が使われています。

Er folgte ihrer Stimme Rufen 
Und stieg den rauhen Pfad hinan; 
Sie tanzte über Felsenstufen,
Durch dunkle Schlünde leicht ihm vor. 

彼は彼女の呼び声に従い
険しい道を登っていった;
彼女は岩の階段を舞い
暗い洞窟を通って軽やかに導いた

ご覧の通り、この前後の物語は「幻惑」の詩に酷似しており、流用部分は美しい雲娘の甘い誘いに喜び従う狩人の描写であって、決して暗い詩に明るい曲をつけて皮肉な効果を狙ったのではないことがわかります。それにしてもあまりにも似すぎてはいないか、とわたしなどは思うのですが、実はショーバーの台本によるこのオペラのスコアを、ミュラーが見ていた可能性はあるのです。

詳しくは渡辺さんのHPの記事をご覧頂きたいですが、1821年、自作のオペラ『オイリアンテ』上演のためウィーンを訪れていた作曲家ウェーバーをシューベルトは頻繁に訪ねており、ウェーバーの指揮で『アルフォンソとエストレッラ』を上演する約束を一時取り付けていました。ミュラーの方はウェーバーと更に親しく、ウェーバーはミュラーの台本によるオペラの作曲を計画していました(註)。そして『冬の旅』を含むミュラーの詩集『旅する角笛吹きの遺稿詩集 第2巻』は、ウェーバーに献呈されているのです。

直接的な証拠はないものの、ミュラーがウェーバーを通して読んだ『アルフォンソとエストレッラ』の台本から「幻惑」のヒントを得、「幻惑」に作曲したシューベルトがそれに気づいてか気づかぬか、そこに自分が作曲した音楽を流用したというのは、楽しい空想ではあります。

それにしても惜しまれるのは、ウェーバー(1786 - 1826.6.5)、ミュラー(1794-1827.10.1)、シューベルト(1797-1828.11.19)がそのあと数年内に相次いで亡くなってしまったことです。ミュラーは自分の詩にシューベルトが作曲したことを知ることなく亡くなったとされていますが、もし彼らがもう少し長らえていたら、直接の交流が生まれていたことは十分考えられるだけに残念でなりません。

このオペラにはDVDもありますが、スイトナー指揮のCDがオールスターキャストの演奏で楽しめます。プライ、マティス、アダム、フィッシャー=ディースカウ、シュライヤー、ヴェヒターといった驚くような顔合わせで、フロイラのアリアはフィッシャー=ディースカウが歌っています(Berlin Classics. BC 2156-2)。

註)
1.ヘルマン・プライ自伝『喝采の時』(メタモル出版)196頁。同書でプライは『冬の旅』の充実した解説に一章を費やし、9頁にわたるミュラーの小伝までも付している。

( 2008.08.03 甲斐貴也 )


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