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あの子この子    
  日本の笛
 
    

詩: 北原白秋 (Kitahara Hakusyuu,1885-1942) 日本
    日本の笛 (1922)  あの子この子

曲: 平井康三郎 (Hirai Kozaburo,1910-2002) 日本   歌詞言語: 日本語


あの子もとうとう死んだそな
嫁取り前じゃになんだんべ
かぶら畑にゃ鰯がはねる
お墓まいりでもしてやろか

この子もとうとうおっ死んだ
嫁入り前だになんだんべ
花はじゃがいも うす紫よ
かねでもたたいていきましょか

どの子もどの子もなんだんべ
色事ひとつも知んねえでな
子芋はどっさり増えたによ
かわいそうだよ まったくなあよ



平井康三郎さんというと、失礼ながら私はずいぶん昔の方(白秋と同じくらいの年代)のように思っていたものですから、今年11月30日の訃報を聞いておやっと驚いたものでした。確かに92歳という長寿のせいもあるのですが、それ以上に作品の枯れた、というか鄙びた味わいが、この曲など含め代表作を次々と出した1930〜40年代に既に大家の雰囲気を醸し出していたからのようにも思います。まだ当時は30歳代だったのですね!
謹んでご冥福をお祈りします。

氏の最も有名な歌曲といえば「平城山(ならやま)」、この曲の日本情緒あふれる終わり方、また童謡「とんぼのめがね」のわらべうたのようなシンプルさ、あるいは私も小学校で習った「やまはしろがね」で始まる「スキー」もモダンな題材でありながら、どこか古い文部省唱歌を感じさせる風格がありました。
そういった日本歌曲を民謡や地謡などの伝統に結び付けて、しかも風格のある作品集としているのが、この「あの子この子」を含む21編からなる「日本の笛」という歌曲集です。
これは白秋の同名の詩集から詩を選び出したもので昭和18年の作曲、「祭もどり」などの八丈島や「びいでびいで」の小笠原といった南の島を題材にした曲や、「からまつ」、「山は雪かよ」のように日本の寒い地方を題材にした歌曲と多彩な風景の中に、民衆の生活を味わい深く描写した傑作です。

この「あの子この子」はその5曲目、神奈川の三浦半島にある漁村での風景を描いた一曲です。年老いた漁師がしみじみとつぶやいているような訥々とした、悲しい、しかし「色事ひとつも」のようにどこかユーモアのある力強さも秘めた作品です。最後の「かわいそうだな」のところで大きくリタルダンドをかけて、ピアノも強打でこれに答えるあたり、平井氏がこの歌曲集によせる思い

「歌は完全な「日本人の心とことば」で歌われ、ピアノは歌と共に息づきながら、ある時は歌い、泣き、笑い、おどけつつ詩情ゆたかな雰囲気をもつ音楽を作り上げてゆかねばならない。」(全音楽譜出版社刊『日本の笛』まえがき(1971)より)

を如実に感じさせます。

この曲を含めた「日本の笛」全曲は、関定子さんのソプラノ、塚田佳男さんのピアノで録音された平井康三郎歌曲集(TROIKA-新星堂)で聴くことができます。
山田耕筰はじめ日本歌曲では定評のあるコンビなだけに見事な演奏だと思いますが、この曲で注目すべきは作曲者自身が歌った盤があるということです(私は未聴ですが、音楽の友社から出ています
http://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/frameset.php3?code=880508 )

できれば全曲聴く価値のある歌曲集だとは思いますが、この「あの子この子」単独では、米良良一さんのCD「母の歌」(KING)の中でも非常に味わい深く歌われています。

( 2002.12.08 藤井宏行 )


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