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春日狂想    
 
 
    

詩: 中原中也 (Nakahara Chuuya,1907-1937) 日本
    在りし日の歌 (1938)  春日狂想

曲: 松本民之助 (Matsumoto Taminosuke,1914-2004) 日本   歌詞言語: 日本語


愛するものが死んだ時には
自殺しなけあなりません

愛するものが死んだ時には
それより他に 方法がない

けれどもそれでも 業が深くて
なほもながらふことともなつたら

奉仕の気持になることなんです
奉仕の気持になることなんです

愛するものは 死んだのですから
たしかにそれは 死んだのですから

もはやどうにも ならぬのですから
そのもののために そのもののために

奉仕の気持に ならなけあならない
奉仕の気持に ならなけあならない

奉仕の気持になりはなつたが
さて格別の ことも出来ない

そこで以前(せん)より 本なら熟読
そこで以前より 人には丁寧

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田(ばくかんさなだ)を敬虔に編み――.

まるでこれでは 玩具の兵隊
まるでこれでは 毎日 日曜

神社の日向を ゆるゆる歩み
知人に遇へば につこり致し

飴売爺々と 仲よしになり
鳩に豆なぞ パラパラ撒いて

まぶしくなつたら 日蔭に這入(はい)り
そこで地面や草木を見直す

苔はまことに ひんやりいたし
いはうやうなき 今日の麗日

参詣人等もぞろぞろ歩き
わたしは、なんにも腹が立たない

   ((まことに人生 一瞬の夢
   ゴム風船の 美しさかな))

空に昇つて 光つて 消えて ――
やあ 今日(こんにち)は 御機嫌いかが

久しぶりだね その後どうです
そこらの何処かで お茶でも飲みましよ

勇んで茶店に這入りはすれど
ところで話は とかくないもの

煙草なんぞを くさくさ吹かし
名状しがたい覚悟をなして――.

戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち 奥さんによろしく

外国に行つたら たよりを下さい
あんまりお酒は 飲まんがいいよ

馬車も通れば 電車も通る
まことに人生 花嫁御寮

まぶしく 美(は)しく はた俯いて
話をさせたら でもうんざりか?

それでも心をポーッとさせる
まことに 人生 花嫁御寮

ではみなさん
喜び過ぎず悲しみ過ぎず
テムポ正しく 握手をしましよう

つまり 我等に欠けてるものは
実直なんぞと 心得よして

ハイ ではみなさん
ハイ ハイ ご一緒に――
テムポ正しく 握手をしましよう



松本民之助(1914-2004)という人ももはや忘れられた人の中に入ってしまったでしょうか。作曲家というよりはこの人も音楽教育者として活躍されたようなのである意味仕方のないところもあるのですが、あの坂本龍一が10歳の時から師事したということで今やわずかに名を残しているような感じではあります。
中原中也が息子を亡くしてその悲しみのどん底にある中で書いたこの詩、おどけた表情の中にもにじみ出てくる悲痛さは計り知れないものがあります。
この詩を松本は8分音符をひたすら並べた早口の語りのような歌にしています。長唄のような雰囲気を漂わせつつ、ピアノのおどけた表情と絡み合いながら緩急自在。日本語をはっきりと響かせながら歌うととても印象的な歌になります。
Victorにある日本歌曲全集で歌っている中村邦子さんの歌が絶妙でした。

( 2007.12.16 藤井宏行 )


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