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Die Nixe    
 
水の妖精  
    

詩: フィードラー (Friedrich Ludwig Konrad Fiedler,1859-1917) ドイツ
       原詩: Mikhail Yur'yevich Lermontov レールモントフ

曲: ケーベル (Raphael von Koeber,1848-1923) ロシア→ドイツ→日本   歌詞言語: ドイツ語


Die Nixe schwamm auf dem blauenden Fluß,
Bei des Vollmonds strahlendem Kuß,
Und spritzte hoch nach des Mondes Glut
Des Wellenschaums silberne Flut.

Dumpf grollte der Fluß und rauschte wild
Und wogte der Wolken Bild.
Die Nixe sang und der Worte Schall
Erreichte den Uferwall.

Es sang die Nixe:”In tiefer Flut,
Da zittert der Sonne Glut;
Da spielen die golden Fishlein all,
Da ragt eine Stadt von Krystall.

Da schäft auf Kissen von farbigem Sand
Ein Ritter aus fernem Land;
Das Schilfrohr beschattet mit dichtem Laub
Der neidischen Wogen Raub.

Wir strählen des seidenen Haares Pracht,
Im dunkelen Schosse der Nacht;
Wir küssen die Stirn ihm,wir küssen den Mund
Um Mittag auf kühlem Grund.

Doch die glühendsten Küsse,ich weiss nicht,warum,
Sie lassen ihn kalt und stumm;
Er atmet mir nicht auf der Brust,er liegt
Verstummt,in Schlummer gewiegt!”

So sang die Nixe im blauenden Fluß,
Voll Trauer und Schmerz und Verduß;
Dumpf rauschte der Fluß und toste wild
Und wogte der Wolken Bild…

水の精ニクセが青い流れの上を泳いでいた
満月の輝かしいくちづけを受けながら
そして月に向かって高く跳ねあげる
銀色に輝く波のしぶきを

にぶくうなりをあげて川は激しく流れる
そして雲が姿を映す
水の精は歌い その言葉は
岸辺にまで届いていた

水の精はこう歌っていた「この深い水の底
そこにはお日様の光が揺れていて
金色の魚たちが遊んでいる
そこには水晶のお城があるの

美しい砂のクッションの上に眠っているのは
遠い国からやってきた一人の騎士よ
葦が茂った葉で陰を作り守っている
妬ましげに打ち寄せる大波の略奪から

私たちは絹の髪を華やかに輝かせているわ
夜の暗い懐の中で
私たちは彼の額にキスをし、口にキスをするわ
昼間には涼しい川底で

でも熱いくちづけでも、なぜか分からないけれど
彼は冷たく黙っているの
わたしの胸に息も吹きかけず、横たわって
押し黙り、まどろみの中揺れている」

そんな風に水の精は青い流れの中で歌っていた
悲しみと痛みと憂鬱さに満ちて
にぶくさざめく流れは激しい音をたて
雲の姿でうねっていた

夏目漱石の小品「ケーベル先生」などでも名が残っている明治のお雇い外国人講師ラファエル・フォン・ケーベル。彼は哲学者として東京帝大でギリシャ哲学などを教えており、当時の日本のインテリの中では彼の影響を受けていない人は居なかったといっても良いほどの人であったようですが、実は彼はドイツで哲学者となる前には音楽家を志し、モスクワ音楽院でニコライ・ルービンシュタインやチャイコフスキーに学んでいたこともある人なのだそうです。それもあってか哲学の先生としてだけでなく、音楽学校の講師までしていて、滝廉太郎なども彼の教え子になるのだそうです。また彼には長年にわたって書き溜めた歌曲作品があったのだそうで、これは私も知らなかったのですが、ソプラノの古嵜(こざき)靖子さんとピアノの小松美沙子さんによってケーベル生誕150年を記念して製作されたCD「ラファエル・フォン・ケーベル 9つの歌」を偶然に手にして、彼の書いた9曲の作品を耳にすることができました。

  曲はすべてドイツ語で、なかなか興味深い詩の選択です。有名なものもあり、渋いものもありますが

菩提樹のかげ Da liegt im Schatten der Linden(ハインリッヒ・ロイトホルト詞)
ミニヨン(君よ知るや 南の国) Mignon (ゲーテ詞)
はるかな道を来るきみの姿に(フェルディナント・グレゴローヴィス詞)
なぜバラはかくも白いのか Warum sind denn die Rosen blaß (ハイネ詞)
陽光まばゆい日々 Wohl waren es Tage der Sonne (エマニュエル・ガイベル詞)
私が死ぬときは Wenn ich sterbe (グスタフ・ファルケ詞)
岸辺から Vom Strande (アイヒェンドルフ詞)
水の妖精 Die Nixe(レールモントフ詞・フィードラー独訳)
悲しみのあまり右手を伸ばし Die Rechte streckt’ ich schmerzlich oft (コンラート・フェルディナント・マイヤー詞)

まさにドイツリートの王道を行く作品ばかり。たくさんの作曲家による付曲のある「ミニヨン」などもたいへん聴きごたえのある作品となっていました。
ここでは私の一番興味がある、ロシアの詩人ミハイル・レールモントフの有名な詩「ルサルカ」をドイツ語訳したものにつけた作品を取り上げてみます。考えてみれば彼の生まれ故郷、そして音楽を学んだ場所もロシアでしたから、このようにふるさとの詩を題材に音楽を書くというのもまた彼にとってはやりたかったことなのではないでしょうか。歌詞の内容は特に補足が必要なものではないでしょうか。非常にロマンティックな詩にシューマンのような、はたまたチャイコフスキーのような流麗なメロディが乗って流れるように歌われていきます。

このケーベルのCD,音楽の友社制作で1998年の録音・リリースです。現在でも入手できるかどうかはわかりませんが、ドイツリートを愛好する方であればぜひ探してみられる価値はあるかと思います。古嵜靖子さんによる詳細な彼についての解説はたいへん読み応えがありました。

( 2007.12.16 藤井宏行 )


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