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蘇州夜曲    
  映画「シナの夜」
 
    

詩: 西条八十 (Saijyou Yaso,1892-1970) 日本
      

曲: 服部良一 (Hattori Ryouichi,1907-1993) 日本   歌詞言語: 日本語


詩:著作権のため掲載できません。ご了承ください


米良良一さんの日本歌曲集、第1集(「花の街」の方)の選曲で、私が思わずブラボーと叫びたくなったのは、この曲が収録されていることでした。私はこの曲、日本歌曲の中でも屈指の名旋律を誇る名作だと思っているのですが、戦前の歌謡曲、しかも中国侵略にまつわる映画の主題歌だからか知りませんけれども、なつかしのメロディ以外の番組で取り上げられることも、ましてやクラシック系の歌手が歌うことなど皆無といった状況であったように思います。それが彼のしみじみとしたカウンターテナーで聴けるというのですから、快哉を叫ばずにはいられません。
曲はドロドロの中華風メロディと言ってしまえばそれまでなのですが、アジア人の心の奥底に突き刺さって来る魅力は、中国人の手になるこれも名曲「何日君再来」と双璧をなすラブソングと呼んで良いでしょう。特に最後が半終止で余韻を持たせて終わるのは、何回聴いてもいいなあと思います。日本のブギウギの元祖服部良一氏にもこんな曲があったのですね。最近は歌謡曲や童謡として貶められていたジャンルを発掘してきて、目から鱗のような素晴らしい再発見をさせてくれるクラシック系の歌手も増えてきました。
バッハやベートーヴェン以外は芸術じゃないというような狭い心でなく(最近そんな人はいないか)、囚われのない感受性と好奇心で、いろいろな音楽を楽しみたいものです。
(藤井宏行)1999.05.02

これを書いた99年の5月頃からその後の状況は大きく変りました。
まさにこの年、99年の9月に烏龍茶のCMの中でロックバンド、プリンセス・プリンセスのヴォーカルで活躍されていた奥居香さんがこの歌を歌ったことで俄然注目を集め、それからはEPO・渡辺美里などポップス系の歌手にも多くカヴァーされるようになったのはご承知の通り。
そして2004年春、平原綾香さんが入れたアルバムのヒットでメジャー曲の仲間入り?
今や日本を代表するスタンダードの一曲となったといっても良いと思います。

もともとこの曲は昭和15年の映画「シナの夜」、かっこいい日本人の船乗り長谷(長谷川一夫)と、両親を日本人に殺され日本人を憎んでいたのが、いつしか彼に惚れていってしまう中国人の娘・桂蘭(李香蘭)のラブストーリーで流れる音楽なのだそうですが、この映画の伏水修監督が大変愛し、ラスト近くのシーンで思いきり多用したのでほとんどこの歌のプロモーションフィルム状態になったのだとか。映画の中では李香蘭自身が歌うようですが、レコードでの吹き込みは専属歌手の関係で霧島昇&渡辺はま子のコンビ(コロムビア)。「君がみ胸に」の1番と「髪にかざろか」の3番を渡辺はま子が、「花を浮かべて」の2番を霧島昇が歌います。
映画は見たことがありませんのでこれ以上の論評は控えますが、歌は遠い懐かしさを感じさせるのどかなもの。ふたりが蘇州の水の上、船で愛を語らっている姿が浮かぶような美しさです。なんとも艶かしい渡辺と、端整な霧島との歌の対比も面白いです。

映画製作当時はテイチク所属であった李香蘭は録音ができず、彼女の録音で聞けるのは戦後の昭和28年に出た東宝映画「抱擁」の主題歌としてリバイバルしたこの歌。編曲は渡辺&霧島版同様に作曲者の服部良一ですが、時代が下る分だけ精緻さが増した伴奏の編曲と、まだまだみずみずしい彼女の澄んだソプラノの歌声があいまって結構素敵なリメイクになっています。
厳密な意味でのオリジナルではありませんが一聴の価値あり。
ただし、この録音の問題は1番の「夢の舟歌、鳥の歌」のところが「夢の舟歌、恋の歌」となっているところでしょうか。自然の中に抱かれている感のあるオリジナルに比べてちょっと「恋の歌」では生々しくなったような気もします。作詞・作曲者ともこの改変は快く思わなかったようですが、今や「恋の歌」の方がポピュラーになってしまったようにも思えます。

しかし服部良一という人は、なんと早い時代に西洋の音楽スタイルを自分のものにした魅力的な歌を次々と書けたのでしょう。蘇州夜曲だけでなく、

ロシアオペラのアリアといっても通用しそうな「私の鶯」(李香蘭)
フランク・シナトラにぜひ歌って欲しかった素敵なスタンダードナンバー「胸の振り子」(霧島昇)
本場物と言われても信じてしまいそうな美しいメロディが魅力的なコンチネンタルタンゴ「黒いパイプ」(二葉あき子&近江俊郎)
敗戦間もない時期に爆発的なパワーを発揮した「東京ブギ」や「買物ブギ」などの一連のブギウギ(笠置シズ子)
アンニュイな気分が横溢するブルースの名作「別れのブルース」(淡谷のり子)
オーポエのソロ伴奏と共にどこか知らない国のあこがれに満ちた旋律が魅力の「風は海から」(渡辺はま子)
そして私が大好きなのは、情熱に燃えるようなラテンのリズムとメロディが炸裂する「薔薇のルムバ」(二葉あき子)。これは作詞も服部良一さんだそうです。

明治時代に西洋から入ってきた音楽を咀嚼しながら日本にクラシック音楽を根付かせた先人たちのように、昭和の早い時代にジャズやラテンの音楽を日本の音楽に見事に取り入れて根付かせたパイオニアとして、もっと高く評価されて良い人だと思います。
少なくとも上に挙げたような曲は単なる「懐メロ」ではなく、もっともっとカヴァーされてスタンダードになっても良い曲ばかり。
霊感に乏しい自分たちのオリジナルにばかりこだわるのが創造活動ではないですぞ>ポップミュージシャンの方々も...

クラシック畑の人も、関定子さん・五郎部俊朗さんはじめ、最近はこれら服部メロディーに魅力的な録音をしてきてくれてこれは嬉しい限りです。
もともと上に挙げたようなオリジナルの歌手の人たちもクラシック音楽の素養がある人たちばかりなので、それをきちんとクラシック調で歌うと何とも言い難い魅力が醸し出されますので...
服部良一さんの音源はコロムビアに多く、またこういったクラシック歌手の歌う日本の歌のリリースに熱心なのもこの会社ですので、まだまだ素敵な解釈との出会いが期待できるかも知れません。
クラシック歌手の方々も、是非もっと目を向けてくださいね。きっと100年後はクラシック音楽の重要なレパートリーになっているはずです。

( 2004.08.29 藤井宏行 )


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