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Mandoline   Op.58  
  Cinq mélodies “De Venise”
マンドリン  
     5つのメロディ「ヴェネツィア」

詩: ヴェルレーヌ (Paul Verlaine,1844-1896) フランス
    Fêtes galantes 15 Mandoline

曲: フォーレ (Gabriel Fauré,1845-1924) フランス   歌詞言語: フランス語


Les donneurs de sérénades
Et les belles écouteuses
Échangent des propos fades
Sous les ramures chanteuses.

C'est Tircis et c'est Aminte,
Et c'est l'éternel Clitandre,
Et c'est Damis qui pour mainte
Cruelle fit maint vers tendre.

Leurs courtes vestes de soie,
Leurs longues robes à queues,
Leur élégance,leur joie
Et leurs molles ombres bleues,

Tourbillonnent dans l'extase
D'une lune rose et grise,
Et la mandoline jase
Parmi les frissons de brise.

男達はセレナードを奏で
美しい娘達はそれを聴く
とりとめない言葉を交わす
歌の流れる小枝の下で

あれはチルシス、あれはアマント
そして永遠のクリサンドル
これはダミス、多くのつれない娘たちに寄せて
優しい詩を書きつける

彼らの短いシルクのコート
彼女たちの長い裾のドレス
エレガンスや喜び
そして柔らかな青い影

灰色がかったピンクの月の
恍惚とした光の中を漂いながら
マンドリンは鳴り響く
そよ風のざわめきと共に


ここで以前競演と相成った「グリーン」同様、ヴェルレーヌの有名な詩に、ここでもドビュッシー、アーン、そしてフォーレが曲を付けています。
ごく初期の作品なので、そよ風のような軽やかさが魅力的なドビュッシーのもの、フォーレを下敷に作ったとしか思えないほどメロディーや雰囲気が似ていて、パロディ的な面白さのあるアーンのものも良いのですが、ここではやはりユーモアの中に典雅さをそこはかとなく漂わせているフォーレ中期のこの傑作に、私はまず惹かれます。
おどけたセレナード伴奏を模したピアノの響きに伸びやかな歌が絡む冒頭、そして第3節の「シルクのコート」のところでメロディが変わっておどけた調子が一転穏やかな表情を見せる中間部、ズームアウトしていきマンドリンの音だけが月明かりの中に消え行きます。
そしてまた冒頭のセレナードのメロディが現れ、男と女の恋の駆け引きはまだまだ続くという余韻を残して曲は終わります(この再現はヴェルレーヌの原詩にはないですが、音楽的には絶妙だと思います)。ヴェルレーヌがこの詩を書くのにインスピレーションを得たというワトーの絵のほのかにくすんだ色合いがとてもしっくりとくる美しい音楽です。

スゼーやモラーヌ・エルビヨンなどのフランスのバリトン勢の端正な言葉の響きの味わい、アメリンクやイェッテ(Maria Jette)のソプラノの透明な詩情、どれも素敵です。
特にイエッテの録音(Centaur)は伴奏がハープなのですが、これがフォーレ中期の作品の典雅な味わいにピタリとはまって実に美しい聴きものです。「マンドリン」も良いですが、「月の光」や「イスファハンのバラ」などは絶品です。

チルシスとアマントというのは、羊飼いとその恋人の女の子、リュリのオペラ「アシスとガラテ」などにも出てくるようですが、イタリアの古典喜劇の登場人物です。クリサンドルやダミスもそんな喜劇の登場人物(アルルカンと総称されるようです。ピエロほど派手で滑稽で物哀しい存在ではないようですが、イメージとしては吉本新喜劇の登場人物のような感じでしょうか?)。そういえばヴェルレーヌやランボーなどのフランス詩に強い影響を受けた詩人・中原中也にもこのチルシスとアマントが出てくるこんな感じの詩があります。これもなんだかこのフォーレの音楽にぴったりですね。  2006.04.28追記


月の光 その一
    中原中也

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

お庭の隅の草叢に
隠れてゐるのは死んだ児だ

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

おや、チルシスとアマントが
芝生の上に出て来てる

ギタアを持つては来てゐるが
おつぽり出してあるばかり

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた



月の光 その二

おゝチルシスとアマントが
庭に出て来て遊んでる

ほんに今夜は春の宵
なまあつたかい靄もある

月の光に照らされて
庭のベンチの上にゐる

ギタアがそばにはあるけれど
いつかう弾き出しさうもない

芝生のむかうは森でして
とても黒々してゐます

おゝチルシスとアマントが
こそこそ話してゐる間

森の中では死んだ子が
蛍のやうに蹲んでる

( 2003.09.20 藤井宏行 )


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