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大日本の歌    
 
 
    

詩: 芳賀秀次郎 (Haga Hidejirou,1915-1993) 日本
      

曲: 橋本國彦 (Hashimoto Kunihiko,1904-1949) 日本   歌詞言語: 日本語


雲湧けり 雲湧けり
みどり島山
潮みつる 潮みつる
東の海に

この国ぞ 高光る 天皇(すめらみこと)
神ながら 治(しろ)しめす 皇御国(すめらみくに)
ああ吾等今ぞ称えん
声もとどろに

たぐいなき 古き国柄
若き力を    

(著作権の関係もありますので1番の引用のみに留めさせて頂きます)


こういう日にこういう歌を取り上げるとまたあちこちからお叱りを受けそうですが、この歌は昭和13年10月、NHKラジオの国民歌謡として発表された歌で、今で言えばテレビ「みんなのうた」で取り上げられて人々に知られるようになった「千の風になって」みたいな歌といえるでしょうか。著作権の関係もあり、1番の歌詞だけを紹介させて頂きましたけれども、当時の時代の雰囲気を如実に語ってくれているようで大変に興味深いです。
もはや文語の伝統も途絶えてしまい、また今では使われないような言葉がばしばし出て参りますのでさっぱり意味がわからない方も多いかも知れませんけれども、この557・557の軽快なリズムを感じ取って頂ければ有難いです。
この詩に日本歌曲の鬼才、橋本國彦が付けたメロディがまた非常に楽しげで良いのです。彼は戦後「朝はどこから来るかしら〜(中略) おはよー おはよー(詞:森まさる)」というこれまた軽快で楽しい歌「朝はどこから」を書いてこれは今でも時々歌われるようですけれども、そのメロディを彷彿とさせるような朗らかなもの。初めてこの「大日本の歌」を聴いたときに、ああさすがの橋本國彦クオリティ、と思わずニヤリとさせられました。この詩に信時潔あたりが曲を付けたらもっと荘厳なものになったところですが、そうせずにアニメのテーマソングみたいにしたところが彼の凄いところだと私は思います。

オリジナルはクラシック畑の歌手ですが、当時のこのような流行歌を色々と歌っていたバリトンの徳山l(たまき)とソプラノの四家文子。これもCD復刻があると思います。またやはりといいますか藍川由美さんも取り上げて下さっていて、彼女の録音は「國民歌謡〜われらの歌」で聴くことができます。

作詞者の芳賀秀次郎(1915-1993)は国語の先生。この詞を書いたのはまだ20代のはじめだったのですね。国語の先生であったことを割り引いても、そんな年齢でこんな格調高い詩を書かれていたことには驚かされます。
キャリアの最後には高校の校長先生まで務められたようですが、この人の経歴で興味深いのは戦後しばらくしての昭和27年、ウイスキーの壽屋(後のサントリー)の社長・佐治敬三の提唱で募集された新国民歌に応募のあった詩5万編あまりの中で最終的に選ばれた作品「われら愛す(作曲:西崎嘉太郎)」の作詞者ということ。「大日本の歌」のわずか14年後の作詞ではありますが、詞を見てのイメージは当然のことながらかなり違います。もっとも背後に流れている国を、郷土を愛する思いは変わってはいないように私には読み取れましたが...

この「われら愛す」、JASRACの管理楽曲になっているようですので残念ですが歌詞のUPは諦めます。もっともネット検索して頂ければ歌詞だけでなくメロディも容易に見つけることができますので興味のある方は探してみてください。どうでも良いことではありますが、この「われら愛す」、作られた当時は「君が代」の代わりの新しい国歌に、という話もあったようなのですが、もしそうなっていたらいろんなところで歌われるたびに著作権使用料の厳しい取立てがあったのだろうか、と要らぬ心配をしてしまいます。数年前に韓国の国歌「聳ゆる白頭山」で同じような問題が持ち上がったことがあったのを思い出しました。
文化遺産の財産権の側面と公共財との側面の難しい係わり合い、現在かまびすしい著作権保護期間延長問題にも絡めてちょっと考えてみて頂ければいいのですが。

( 2007.02.11 藤井宏行 )


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