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Solveigs vuggessang   Op.23  
  Peer Gynt
ソルヴェイグの子守歌  
     劇音楽 ペールギュント

詩: イプセン (Henrik Ibsen,1828-1906) ノルウェー
    Peer Gynt (1867)  Solveigs vuggessang

曲: グリーグ (Edvard Grieg,1843-1907) ノルウェー   歌詞言語: ノルウェー語


Sov,du dyreste Gutten min!
Jeg skal vugge dig,jeg skal våge.

Gutten har siddet på sin Moders Fang.
De to har leget hele Livsdagen lang.

Gutten har hvilet ved sin Moders Bryst
hele Livsdagen lang. Grud signe dig,min Lyst!

Gutten har ligget til mit Hjerte tæt
hele Livsdagen lang. Nu er han så træt.

Sov,du dyreste Gutten min!
Jeg skal vugge dig,jeg skal våge.

おやすみ 私の愛しい坊や!
揺らしてあげましょう、守ってあげましょう

坊やはおかあさんの膝にすわっています
ふたりはこれから一生一緒に遊ぶのです

坊やはおかあさんの胸で休んでいます
これから一生ずっと、神様があなたを祝福しますように、私の喜びを!

坊やは私の胸のすぐそばで寝ています
これから一生ずっと、坊やは今疲れています

おやすみ 私の愛しい坊や!
揺らしてあげましょう、守ってあげましょう


イブセンの戯曲「ペール・ギュント」の大詰め、老婆になっても彼を待っていたソルヴェイグ(ソルーヴェイ)の元に戻ってきたペールを膝に抱きかかえて彼女が歌う歌です。
グリーグの書いたメロディの中でも屈指の美しさを持つ傑作で、この波乱に富んだ筋に魅力的な音楽が溢れている劇の幕切れにこれほどふさわしい音楽もないでしょう。

時は春たけなわの聖霊降臨祭(Whitsun holiday:5月半ば頃)の早朝のふたりの再会のところ、なかなか感動的なので戯曲の台詞も訳してみましょう(すみません。これは英語訳よりの重訳です)。なおここに出てくるボタン鋳造人というのは死神みたいな人で、故国に戻ってきたペールに付きまとい、彼の魂をボタンに鋳潰そうとしています。


   (彼は小屋の方へ走つて行く。と同時にソルウェイグが戸口に現れる。
    教会に行く着物を着て、讃美歌の本をハンカチに包み手に杖を持つている。
    彼女はそこにまっすぐ穏やかに立つている。)

 ペール (敷居の上に身を投げ出し)
    お前がこの罪人に刑を宣告するならはっきりと言ってくれ!

 ソルヴェイグ あの人は帰ってきました!あの人は帰ってきました! 
   おお神様 ありがとうございます!
    (腕を差し伸ばして手探りで彼を探す)

 ペール 私の罪と過ちのことをはっきりと言ってくれ!

 ソルヴェイグ 罪なんかありませんよ、おお私のたったひとりの坊や!
    (再び手探りし、その手は彼を見つける)

 ボタン鋳造人 (家の後ろから)
   罪のリストはどうなりましたかい、ペールさん?

 ペール 私の罪のことをはっきりと言ってくれ!


 ソルヴェイグ (彼の横に座って)
   あなたは私の人生を美しい歌にしてくれました
   とうとう戻って来てくれたことは素晴らしいこと!
   そしてこの聖霊降臨祭の朝に再び会えるなんてもっと素晴らしいことです

 ペール それでは私は救われない!

 ソルヴェイグ すべてのことを支配されているお方がこの世にはおられます

 ペール (笑って) 救われないのだ、お前が謎を解くことができなければ

 ソルヴェイグ 私にその謎というのを言ってごらんなさい

 ペール 言えというのかい。おい。構わないのかい。
   別れてからこのペールがずっとどこにいたのか分かるのか?

 ソルヴェイグ どこに居たかですって?、

 ペール 運命の刻印を額に付けて、神の思召のままに生まれ出でた時のままにわたしは暮していたのだ。
   お前は答えることが出来るのかい。もし出来なければわたしはもとのところ
   ―― 霧に包まれたところへと下りて行かなければならないのだ。

 ソルヴェイグ (微笑みながら)
   おお、そんな謎なんて易しいものです。

 ペール だったらお前の知っていることを言ってご覧。
   私がどこに居たのか、私自身として、ひとりの人間として、現実の人間として
   私がどこにいたのか、神の刻印を額に付けて...

 ソルヴェイグ 私の信頼の中に、私の希望の中に、そして私の愛の中に

 ペール お前は何と言ったんだい。落ち着くがいい。そんな世迷い言を言って
   お前はここにいる私の母親だというのかい?

 ソルヴェイグ そうですとも。でもそれでは父親というのは誰なのでしょう。
   きっと母親の願いを聴いてお許し下さる方なのです

   (彼の額に光が差す。彼は叫ぶ)

 ペール 私の母親で私の妻だって。お前は何て清らかな女なのだ!
   お前の愛に、おお そこに私を隠れさせておくれ!

   (彼女にしがみつき、顔を彼女の膝に埋める。長い沈黙。日が昇ってくる)

 ソルヴェイグ 小声で歌う...


...ということで昇っていく朝日と共にこの子守歌が流れ出します。どんなに悪辣でデタラメな人間でも大きな慈愛で救済してしまう、まさに仏教でいえば阿弥陀如来に出会ったかのような美しいシーンに私は大変に感動させられました。この台詞のやり取りを聴いてからこの歌を聴くと一層心洗われることでしょう。
歌で冒頭の2節が再現される最後の2節が歌われる前には、戯曲では舞台裏のボタン鋳造人のこんな台詞が挿入されていましたが、

 ボタン鋳造人 (家の後ろで)
   では最後の十字路でまたお会いしましょう。ペールさん。その時こそわたしたちは―
   ―いや、もう何も言いますまい。

グリーグはこの部分に、この少し前に歌われる森を歩いていく教会への参詣者たちのコーラスを再び代わりに挿入することで更に劇的な効果を上げています。バーバラ・ボニーの歌った全曲盤(DG)などではこのスタイルの演奏を聴くことができます。一方ピアノ伴奏による歌曲バージョンは当然ですが、劇音楽でも抜粋版などでは合唱部分はないことが普通です。これは劇音楽の版の違いも関係しているようです。

この参詣者たちの合唱も一応訳しておきましょう。


  おお 祝福された朝よ
  神の国の御言葉が
  燃える剣のごとく大地を打ちし時よ!
  この地上より神の御許に
  今ぞ世継の子らの歌声は昇り行く
  神の国の御言葉となりて

  Velsignede morgen
  da Gudsrigets tunger
  traf jorden som flammende stål!
  Fra jorden mod borgen
  nu arvingen sjunger
  på Gudrigets tungemål.


この合唱のあと、ト書きではソルヴェイグは「日の光を一杯に浴びて声高く歌う」とあります。本当に感動的な幕切れ!

( 2007.01.29 藤井宏行 )


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