Cruelty has a human heart Ten Blake Songs |
人間の心には残虐さがある 10のブレイク歌曲 |
Cruelty has a human heart, And Jealousy a human face; Terror the human form divine, And secrecy the human dress. The human dress is forged iron, The human form a fiery forge, The human face a furnace seal'd, The human heart its hungry gorge. |
人間の心には残虐さがある 人間の顔には嫉妬心がある 恐怖が人間を神の姿に作り 秘密が人間のドレスとなる 人間のドレスは熔けた鉄 人間の姿は熱いふいご 人間の顔は密封された炉 人間の心はそのいつも満たされぬ燃料 |
ウイリアム・ブレイクの「経験の歌 SONGS OF EXPERIENCE」からで詩のタイトルは”A DIVINE IMAGE”となっていましたが、この詩集の決定稿として普通に流通しているものには載せられておらず、従って参考にする邦訳は見つけることができませんでした。ただでさえ難解でいろいろな解釈をされているブレイクの詩を、英文学者でもなんでもない身がお手本もなく訳すのですからとんでもなく珍妙な訳になっているであろうことは十分に予想できますがここまで来ましたので載せることにします。誤りなどはご指摘くださると有難いです。特に最後のits hungry gorge、私はこの炉が燃料をガバガバと食うのをイメージしましたのでこういう訳にしましたが、なんか全然違っているような気もしなくはありません。
ヴォーン=ウイリアムスはこの曲のタイトルを原題の「神の姿」ではなく詩の冒頭の1行を取って付けています。なおこの経験の歌と対になるブレイクの詩集「無垢の歌 SONGS OF INNOCENCE」の方にも”THE DIVINE IMAGE”という詩がありまして、そちらはこの歌曲集でいうと次の曲の歌詞として取り上げられています。無垢な子供にみる清らかな「神の姿」(定冠詞Theが使われていることにも注目)と、この詩にあるような人間の醜悪さを「A DIVINE IMAGE」(こちらは不定冠詞Aであるのがミソ)として並置しているのはたいへんに興味深いところです。この曲もオーボエが活躍します。何か悲しそうに泣いているかのように。激しい怒りを感じる詩ですが、曲はひたすら穏やかです。
いろいろこの詩を調べる中で面白かったのは、へヴィーメタルロックの老舗人気バンド「アイアン・メイデン」に”Paschendale”という曲があって、その一節がこのブレイクの詩を下敷にしているものを見つけたことです。
Cruelty has a human heart
Every man does play his part
Terror of the men we kill
The human heart is hungry still
ブレイクの詩の最初と最後を取っているのは明らかですよね。頭の固い昔のオヤジなどには「ロックなんて頭の悪い不良のやってる音楽だ」みたいな偏見がありましたけれども(団塊オヤジは自分が昔ロックをやっていたからあまりそんなことは言わないかも)、ブレイクのこんな詩を引っ張ってくるあたりヘビメタもただものではありません。もっともウイリアム・ブレイク自身が神秘主義にはまってオカルティックな詩などもたくさん書いていたりしますので、ヘビメタをやるような人たちの感性のツボを突いている芸術家でもあり、もしかしたらそっちの方では大変に著名な詩人なのかも知れません。オカルトおたくにおけるノストラダムスのような...だったらそんなに凄いことでもないのですけれども私はあまりヘビメタには詳しくないのでそこのところまでは分かりません。
なおこのPaschendale(パッシェンデール)というのは第一次世界大戦中のフランスにおける激戦地の名前で、塹壕戦の中数十万人の戦死者を出したといいます。この歌の兵士たちの無残に死んでいく様の描写は恐ろしいほど。この歌詞を音楽でうまく表現するには確かにヘヴィーメタル・ロックのようなものでないと難しいかも知れません。反戦歌としても評価の高い歌のようなので、ヘビメタアレルギーの強くない方は聴いて見られるのもよろしいかと思います。
また、ブレイクのこの詩にアメリカの作曲家ウイリアム・ボルコムがつけた曲はなんとレゲエのスタイル。管弦楽と合唱を伴う彼の壮大な「無垢と経験の歌」のフィナーレを飾るこの詩が脱力感すら漂わせる飄々とした音楽になっているというのも大変なインパクトでした。
ヴォーン=ウイリアムスの曲の紹介をあんまりしませんでしたが、たまにはこんなのもあって良いですよね。
( 2006.11.22 藤井宏行 )