London Ten Blake Songs |
ロンドン 10のブレイク歌曲 |
I wander through each chartered street, Near where the chartered Thames does flow, And mark in every face I meet Marks of weakness,marks of woe. In every cry of every man, In every infant's cry of fear, In every voice,in every ban, The mind-forged manacles I hear. How the chimney-sweeper's cry Every blackening church appals; And the hapless soldier's sigh Runs in blood down palace walls. But most through midnight streets I hear How the youthful harlot's curse Blasts the new-born infant's tear, And blights with plagues the marriage hearse. |
私は特権を享受している街の通りをひとつひとつ歩く 特権を享受しているテムズ川が流れ行くすぐそばを そこで私が出会うすべての人の顔に記されているのは 弱さのしるし、そして苦悩のしるしだ すべての人のあらゆる叫びに すべての子供らの恐怖の叫びに あらゆる声に、あらゆる禁令に 心を縛り付ける枷の音を聞く なんとあの煙突掃除夫の叫びが すべての黒光りする教会を目立たせるのか そしてなんとあの不運な兵士の溜息が 血となって宮殿の壁をしたたって落ちるのか だが夜の通りで私が一番たくさん聞こえるのは まだ若い娼婦の呪い声だ 生まれたばかりの乳飲み子の涙を溢れさせ 疫病で結婚という棺を台無しにしている娼婦の |
ウイリアム・ブレイクの詩の中では比較的よく知られたものでしょうか。「特権を享受する」(厳密にはChartered=特権を受けた でしょうか)特別政令指定都市、っていうと今の日本ではもちろん東京のことですね。地方がいまだ不況であえいでいる中、好景気に沸きかえり人やお金を集めている情景は、このブレイクが描いたロンドンの姿と生き写しと言えなくもありません。そしてそこで苦しんでいる多くの人々の姿も重なり合うのではないでしょうか。
さて、この詩は岩波文庫のイギリス名詩選にも収められていて、そこではいくつかの難しい語句の解釈をしてくれています。それによればbanというのは現代語の「禁令」ではなく「呪い」だとのことですが、私が読んでのイメージはやはり「あれをするな」「これは禁止」といった都市におけるお触れのイメージなので、英文学の権威?に逆らって「禁令」の言葉を使いました。そのほうがその次の行の「心を縛り付ける枷」との関連もよく付きますし。
それと「Blasts the new-born infant's tear」のBlastも「爆発」の意味のほかに「枯らす」の意味もあり、多くの邦訳では「涙を涸らし」となっていましたが、意味的にはあふれるだけあふれさせてついには出なくする、といったイメージではないかと思いましたのでここでは「あふれさす」の語を当てました。
「結婚という棺」という語も皮肉な使い方です。疫病とはこの場合もちろん性病ですね。
病気で結婚を台無しにするのでなく、結婚それ自体が不幸の始まり、という考え方でしょうか。
また当時、煙突掃除は子供の仕事であったようで、この「無垢と経験の歌」にもいくつか煙突掃除の少年の詩があります。
ブレイクの「経験の歌」の中でもかなり暗いトーンと怒りに満ちた表現が強烈なのは、この大都会の魔力のなせる業ではないかと思います。
そういう点では、この曲などはフルオーケストラで怒りに満ちたゲンダイオンガクとして聴かせて貰った方が説得力があるかも知れません。アメリカの作曲家ウイリアム・ボルコムがこの詩に付けた作品(「無垢&経験の歌」全部にオーケストラ・合唱・独唱を伴う2時間を越える壮大な音楽を付けた作品があります。Naxosからリリースされています)は管弦楽が炸裂する強烈な曲で非常に印象深いのですが、ここではヴォーン=ウイリアムスの作品です。
前の曲「葦笛吹き」が少しばかり雄弁になりましたがここではまたこの歌曲集、簡素で地味な音楽が戻ってきます。噛めば噛むほど味が出るとはいいながら、この地味さはなかなか初めは抵抗があるでしょうか。
( 2006.10.27 藤井宏行 )