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K nej    
 
彼女へ  
    

詩: ゴリツィン (Sergei Golitsyn,-) ロシア
      Moja pieszczotka 原詩: Adam Mickiewicz ミツキィェーヴィチ

曲: グリンカ (Michael Glinka,1804-1857) ロシア   歌詞言語: ロシア語


Kogda chas veselyj otkroesh’ ty gubki,
I mne ty vorkuesh’ nezhnee golubki,
Ja s trepetom vnemlju,ja ves’ vee sebja,
Bojus’ proronit’ khot’ edinoe slovo,
Molchu,ne zhelaju blazhenstva inogo,
Vse slushal by,slushal i slushal tebja,

No glazki sverknuli zhivee kristallov,
Zhemchuzhnye zubki blestjat sred’ korallov,
Rumjanets lanitakh uzh nachal igrat’!
Teper’ ja smelee smotrju tebe v ochi,
Usta priblizhaju i slushat’ net mochi,
Khochu tselovat’,tselovat’,tselovat’!

ぼくの恋人が幸せそうに
やさしいハトのように歌を歌ってくれるとき
ぼくは震えながら聴きほれる
ひとことも喋ろうなんて思わない
黙ったままで、他には何も望んだりしないのさ
ただひたすら聴くんだ、聴くんだ、聴くんだ

きみの瞳が水晶よりももっと生き生きと光り
きみの真珠のような歯が口元からのぞくとき
きみのほっぺは真っ赤になって揺れる
だから瞳をじっと見つめて
口を互いに近づけ、愛の言葉も聞かずに
ただキスをしたいんだ、したいんだ、したいんだ


作曲者の友人のS.ゴリツィーンによるロシア語訳に付けられていますが、大元の詩はポーランドの国民的詩人、アダム・ミツキィェーヴィチ(1798-1855)の書いたもの。同じ詩のポーランド語のオリジナルにはショパンがつけた歌曲もあります。というわけでグリンカの書いたこの歌も詩人に敬意を表してかポーランド情緒あふれる3拍子の舞曲ポロネーズ。彼の素敵なメロディもあいまってとても可愛らしい恋の歌になりました。各連の最後の同じ言葉の3回繰り返しがとても素敵なので、私の訳でも可愛らしく繰り返してみましたがいかがなものでしょうか。一応タイトルが「彼女に」ということですので男の子っぽくしてみましたが、なんかこうイケ好かないガキのたわ言みたいになってしまったのはお許しください。また意味が取れなかったところは原詩に必ずしも忠実ではないです。
ロシア語の歌詞を検索していて思いがけず引っかかったのが、ドストエフスキーの小説「永遠の夫」。実はこの中編小説の中にこのゴリツィーン訳のこの詩が一部引用されています。
12章ですから割とおしまいの方で、モテモテの中年貴族の主人公(というより語り部か)がパーティでこの歌を歌うシーンが描写されているのです。それをうっとりと聞き惚れるその家の娘...
ドストエフスキーの時代でも「誰も歌わなくなったロマンス」とありますからかなりマイナーな曲の扱いなのですが、それでもこの物語の重要な小道具であることは間違いないでしょう。主人公や娘の心を捉えて離さないこの曲の魅力が1ページ以上にわたって(作曲者グリンカも回想の中に出てきて)描写されていますので、この曲を聴きながらこのシーンを読まれてみるのも良いのではないでしょうか。最近この小説、岩波文庫で復刊されたようですし...
(この小説、私のような非モテ系には読んでいて大変ツライ小説なので実はまだ全部は読み通してはいないのですけれども...)
ヴィシネフスカヤの歌も軽やかさとしっとり感を余すところなく描いて陶然とさせられてしまいます。女の人の声ですがこの「永遠の夫」の当該シーンを読みながら聴くのもまたオツなものです。

詩人のミツキィェーヴィチは愛国運動のために1823年にロシアの警察に逮捕されたのちに故国を追放され、それから二度とポーランドに戻ることはなかったといいます。作風は幅広く、こんな感じの愛らしい抒情詩から愛国的なメッセージあふれるものまで色々遺しているようですが、ポーランド語という言葉の壁ゆえかほとんど日本で知られることはありません。


ポーランド語の原詩も紐解いてショパンの作品もUPしたかったのですが、やはり付け焼刃でスラブ系の原語を解読するのは無茶だったみたいで結局断念しました。ロシア語を含めたスラブ語圏には素晴らしい歌曲がたくさんありますが、CDや楽譜についている英語の対訳はけっこういい加減なものが多く泣かされます。いずれ言葉を勉強して自分でやれればと思ってはいるのですが道のりは遠いです。ロシア語はまだ信頼できる日本の翻訳者がたくさんおられて多少は歌曲の対訳にも手を染めて下さっているようなのでまだ良いですが、このポーランド語とかチェコ語なんかはそもそも翻訳に携わられる方の絶対数があまりに少ないですので、クラシック歌曲の歌詞にまではなかなか手をかけては貰えないですよね。更にはセルビアやルーマニア、ブルガリアなんかの歌曲もご紹介したいところなのですが残念ながら今のところ手の付けようがありません(手元に何枚かCDはあるんですが詩の内容の解読はお手上げ状態...)。

( 2006.07.29 藤井宏行 )


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