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Die schöne Nuna    
  Japanischer Frühling
美しきヌナ  
     歌曲集「日本の春」

詩: ベートゲ (Hans Bethge,1876-1946) ドイツ
    Japanischer Frühling 2 Die schöne Nuna-Kawa-Hime (AUS ARCHAISCHER ZEIT) 原詩:古事記

曲: ベン=ハイム (Paul Ben-Haim,1897-1985) ドイツ→イスラエル   歌詞言語: ドイツ語


Wenn erst die Sonne hinterm Berg verschwand,
In rabenschwarzer Nacht,
Komm ich heraus,
Und du wirst nahen wie die Morgenröte
Mit Lächen und mit strahlendem Gesicht.
Und deine beiden Hande wirst du zärtlich
Auf meinen Busen legen,
Der dem Schnee an Zartheit gleicht.
Und engverschlungen werden wir liegen und uns kosen,
Und die Arme als Kissen unters Haupt uns breiten,
Während wir Beide nahe beienander ruhn,
Sprich mir von Liebessehnsucht nicht zu sehr
Du grosser Gott der achtmal tausand Speere
Wenn erst die Sonne hinterm Berg verschwand,
Komm ich heraus.
太陽が山のかなたへと沈んで
カラスのような暗闇がやってきたら
わたしは出かけるとしよう
そなたは朝焼けのように迎えてくれる
はにかんだ赤い顔で微笑みながら
そしてそなたは両の手で優しく
私のこの胸を触れてくれる
それはまるで、雪がそっと降りつむように
それから互いを求め合うのだ、横たわり抱き合って
広げた腕を枕の代わりに
もっと近付いて、横たわろう
愛の言葉をそんなに私に告げないで
八千の矛の偉大な神であるそなたよ
太陽が山のかなたへと沈んだら
わたしは出かけるとしよう


パウル・ベン-ハイムという人は私はイスラエルで世界的に知られた数少ない作曲家のひとり、というイメージしかなかったのですが、彼は実は生まれはドイツのミュンヘンで、若い頃はパウル・フランケンブルガー(Paul Frankenburger)という名前で活躍していたのだそうです。ナチスドイツの台頭とともに1933年当時のパレスチナに移住し、そのままそこに亡くなるまで住みイスラエルを代表する作曲家のようになりましたが、気鋭の音楽家時代のドイツでの作品も多数残されています。
従って、若い頃の歌曲作品はドイツ語の詩につけたものばかりであり、マーラーやツェムリンスキーなどの系譜に連なる歌曲作家としても位置づけられる、ということを今回彼の歌曲集録音を見つけて初めて知りました。

そんな彼のドイツ時代の作品のひとつに、ハンス・ベートゲの詩集「日本の春 Japanischer Frühling」から3つの詩を選んで書いた素敵な作品がありました。1922年の作曲といいますから同じベートゲの詩「中国の笛」にマーラーが曲を付けた「大地の歌」の影響を感じることも可能でしょうか。この頃はベートゲの描いたオリエンタリズムに共鳴した作品がこれに限らずたくさん生まれています。

このベン-ハイム版「日本の春」はチェロとピアノの伴奏が付いた大変お洒落で叙情的なもの。私もこのCDで初めて聴きましたがとても気に入りました。初めの2曲はショスタコーヴィチの若き日の作品「日本の詩人による6つのロマンス」の第1・2曲目で使われているのと同じ詩ですし、2曲目の詩は他にもいろいろな作曲家が取り上げているようです(私はマルティヌーやアイネムのを聴いたことがあります)。
ここでは原典となる日本の詩も探訪しながら、これらの歌を読み解いて行こうと思います。

さて、第1曲、ベン-ハイムの付けたタイトルは「Die Schöne Nuna(麗しきヌナ)」、ヌナとは何のこっちゃ?と検索したのがこのベートゲの「日本の春」の原詩がグーテンベルグ・プロジェクトのサイトにアップされていることを知るきっかけとなり、こうして色々詳しく探索できることになりました。それでヌナとは何だったかというと、この原詩、正しくは”Die Schöne Nuna-Kawa-Hime Spricht Zum Gott Der Achtmaltausend Speere”(麗しきヌナカワ姫が八千の矛の神々に語る)という題でした。ベン-ハイムは「ヌナカワヒメ」の意味が分からなかったから名前の途中でちょん切っちゃったんでしょうか?それから更に探索を続けると、この原詩は何と古事記に行き着いてしまいました。
大国主の尊の妻となった高志(越の国・今の富山・新潟県)の国の姫神・沼河比売(ぬなかわひめ)が、大国主の求愛を受けた際にもう一晩待ってください、と歌った歌です。


 青山に 日が隠らば 
 ぬばたまの 夜は出でなむ 
 朝日の 咲(え)み栄え来て 
 栲綱(たくづの)の 白き腕(ただむき) 
 沫雪の わかやる胸を 
 そ手抱(ただ)き 手抱(ただ)きまながり 
 真玉手 玉手さし纏(ま)き 
 股長(ももなが)に 寝(い)は寝(な)さむを 
 あやに な恋ひきこし 
 八千矛の 神の命(みこと) 
 事の 語り言も 此をば


この詩もかなりなまめかしいですが、ベートゲの詩もそれに輪をかけてエロティック。ちなみにこの八千矛の神というのは大国主のことです。チェロの歌うような旋律にピアノのきらめくアルペジオ、そこに絡んでくる透明なソプラノはこのエロティックな感じが非常に良く出ていて素晴らしい聴きものです。ドビュッシーがマーラーを真似して書いたかのような不思議な浮遊感がとても面白いです。
(Varda Kotler(Sop), Jeff Cohen(Pf), Philippe Bary(cello), Arion ARN68643)

( 2006.06.03 藤井宏行 )


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