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Moim stikham   Op.143-1  
  Shest’ stikhotvorenii Marini Tsvetaevoj
私の詩  
     マリーナ・ツヴェターエワの詩による6つの歌曲

詩: ツヴェターエワ (Marina Ivanovna Tsvetaeva,1892-1941) ロシア
      Мои стихи (1913)

曲: ショスタコーヴィチ (Dimitry Shostakovich,1906-1975) ロシア   歌詞言語: ロシア語


Moim stikham,napisannym tak rano,
CHto i ne znala ja,chto ja - poet,
Sorvavshimsja,kak bryzgi iz fontana,
Kak iskry iz raket,

Vorvavshimsja,kak malen’kie cherti,
V svjatilishche,gde son i fimiam,
Moim stikham o junosti i smerti,
- Nechitannym stikham! -

Razbrosannym v pyli po magazinam
(Gde ikh nikto ne bral i ne beret!)
Moim stikham,kak dragotsennym vinam,
Nastanet svoj chered.

私の詩、とっても昔に書かれたもの
まだ私が知らなかったころに書かれたもの-詩人だと
それは噴水のしぶきのようにとび散る詩
ロケット花火の火花のように

小悪魔のように散らばって
眠りと香りの聖域へと忍び込む詩
若さと死について書いた詩
―読まれなかった詩―

本屋のほこりをかぶっていた詩
(だれも手に取らなかった、今になっても)
私の詩、高価なワインのような詩にも
日の当たるときがやってきた


マリーナ・ツヴェターエワの詩、第1曲は「プロローグ」と題されて、彼女の1913年に書かれた比較的初期の詩から取られています。これより以前にも彼女は2つの詩集をまだ10代にして出しているのですが、その詩たちのことを歌っているのでしょう。若い詩人らしい気負いが感じられてなかなか素敵です。

これにショスタコーヴィチのつけた曲は、ある解説によれば12音列の技法を試みてみたのだとか。あまりそういう難解さは感じませんが、ふつふつとたぎる熱さはよく分かりますし、アルバン・ベルクの12音のように大変ロマンティックな印象がします。管弦楽伴奏版では初めはチェロのソロでしみじみと、そして力強い弦楽が入ってきて、そして最後の「私の詩にも日の当たるときがやってきた」(正確に訳すと「そのときが来た」なのですが)のところではブラスの咆哮にティンパニーの強烈な一打も入って大変なインパクトです。無味乾燥な12音音楽ではなくてもの凄く主張の強い12音技法の作品。これはこれで大変興味深い聴き物と言えるでしょう。
実際は彼がこの詩に曲を付けたときには、スターリン時代に封印されていた彼女の詩はまだまだ知られざるままだったようなのですが、ショスタコーヴィチがこの詩を歌曲集の冒頭に持ってきたのも、そのあたりを考えた上でこの部分の曲想を見ると非常に意味深いものがあります。

マリーナ・ツヴェターエワ(1892-1941)はアンナ・アフマトーワなどと並びロシア・ソヴィエトを代表する女性詩人です。ロシア革命の際に皇帝支持だったために亡命した夫の後を追って1922年からチェコやフランスで長い亡命生活を送った後に、その後転向してソヴィエトの防諜部員になった夫の後を再び追って1939年に帰国しましたが、帰国した夫や娘は強制収容所に送られ、夫は殺されます。そして彼女自身もドイツ軍の攻撃から息子と一緒に疎開した小さな田舎町で首を吊り自ら死を選びます。ロシア革命時代にはレーニンのボリシェビキを批判する詩や皇帝制度を支持するような詩も書いていたこともあり、長らく共産主義ソヴィエトでは封印されていましたが、ここ30年ほどでかなり再評価が進んでいる人のようです。この歌曲集に使われたものも含め詩をいくつか読んでみての印象は、ロシアのエミリー・ディッキンソンといった感じ。ダッシュやカンマなどの印象的な使い方と共に、言葉の選び方にとても研ぎ澄まされたものがあって何とも素敵です。ロシア語というハンデがなければ日本でもディッキンソン並みには人気が出るのではないでしょうか。

ハイティンクの指揮したショスタコーヴィチの交響曲全集、その第14番にフィルアップされているヴェンケル(A)の歌(管弦楽はアムステルダムコンセルトヘボウ管)で初めて聴いたときはこの歌曲集あまり印象に残らなかったのですが、最近聴いたザレンバ(A)にヤルヴィ指揮のエーテボリ交響楽団の演奏に度肝を抜かれました。ヴェンケルの演奏はしっとりとした緻密さに味があるのだな、ということには後から気が付きましたが、初めて聴くには渋すぎる演奏でしたでしょうか。ザレンバのは貫禄と迫力でかなりメリハリを付けて演奏しているのでより聴きやすく、この歌曲集の魅力がより分かりやすい形で引き出されているのではないかと思います。

( 2006.05.21 藤井宏行 )


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