お道化うた |
|
月の光のそのことを、 盲目少女(めくらむすめ)に教えたは、 ベートーヴェンか、シューバート? 俺の記憶の錯覚が、 今夜とちれているけれど、 ベトちゃんだとは思うけど、 シュバちゃんではなかったろうか? 霧の降ったる秋の夜に、 庭・石段に腰掛けて、 月の光を浴びながら、 二人、黙っていたけれど、 やがてピアノの部屋に入り、 泣かんばかりに弾き出した、 あれは、シュバちゃんではなかったろうか? かすむ街の灯とおに見て、 ウインの市の郊外に、 星も降るよなその夜さ一と夜、 虫、草叢(くさむら)にすだく頃、 教師の息子の十三番目、 頸(くび)の短いあの男、 盲目少女(めくらむすめ)の手をとるように、 ピアノの上に勢い込んだ、 汗の出そうなその額、 安物くさいその眼鏡、 丸い背中もいじらしく 吐き出すように弾いたのは、 あれは、シュバちゃんではなかったろうか? シュバちゃんかベトちゃんか、 そんなこと、いざ知らね、 今宵星降る東京の夜(よる)、 ビールのコップを傾けて、 月の光を見てあれば、 ベトちゃんもシュバちゃんも、はやとおに死に、 はやとおに死んだことさえ、 誰知ろうことわりもない… |
|
( 2019.03.17 藤井宏行 )